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Artist Interview
Portraying the tough but humor-filled lives of an ethnic minority   An interview with the Japan-resident Korean writer Chong Wishing
マイノリティたちのタフでコミカルな生き様を描く在日コリアンの人気作家・鄭義信
『20世紀少年少女唱歌集』
初演年:2003年
椿組公演
東京・新宿の花園神社境内で小屋がけ芝居として上演された。70年代の初め、関西の地方都市。国有地にバラックを建てて暮らす家族の物語。秋江、冬江、春江、夏江の四姉妹がいる。秋江には戦争で片腕を失った夫・国男と国男の弟・辰男がいる。辰男と夏江の夫・博司は今の生活に見切りをつけ、祖母である海の向こうの、「この世の楽園」へ旅立つ。冬江の娘・ミドリは悪友のねずみ男、キヤンたちとタイムカプセルに「21世紀への想い」を託す。ミドリは女の子だが、男になり船乗りになりたかったのだ。やがて住む場所を追われた国男たち家族は次の土地を求め旅立っていく……。夢に破れ、希望を失いそうになりながらも精一杯生きようとする人々を涙と笑いを織り交ぜながら描く。オカマのリリー、紙芝居屋、梅夫・桃夫・桜夫のお笑い三人組といった、わい雑なキャラクターが物語に弾みをつけている。
20世紀少年少女唱歌集
20世紀少年少女唱歌集
椿組03年夏・花園神社野外劇
『20世紀少年少女唱歌集』

(2003年7月15日〜24日/新宿花園神社境内特設ステージ)


GS近松商店
椿組06年夏・花園神社野外劇
『GS近松商店』

(2006年7月13日〜23日/新宿花園神社境内特設ステージ)
──鄭さんは多彩な作品を書かれていますが、一貫して「金持ちは書けない。マイノリティしか書かない」と云われています。
自分がそういう生まれ育ちなので、貧しくてささやかな人たちしか書けないんです。たまには洒落たものも書こうと思うんですが、たぶん自分には向かないだろうなと(笑)。少年時代、僕のまわりにいたおじさんたちは結構ずる賢かったりするんだけど、でも日々を必死で生き、楽しく暮らしてもいる。普段は明るいけれど、心の中にいろんなものを抱えてもいる。人間というのは、そうやって生きていくものだし、悲しんでばかりもいられない。日々というのは、そういう風に進んでいくのではないでしょうか。だんだん歳を重ねてきて、そういったことすべてを受け入れられるようになりました。それと、自分も歳をとってきて、社会的なテーマにも目を向けていかなければいけないかなと意識するようになりました。
僕は、世の中の矛盾というか、“高級石垣朝鮮人集落”という矛盾の中で生まれ育っているので、作品を書けば、書いているだけでどうしても社会的矛盾を孕んでしまうんですね。自然に書いているだけで、至る所に差別された人たちが出てきて、差別用語がでてきてしまうので、「日本一差別用語が多い作家」と云われています(笑)。そういう(差別された)人たちを無意識に書いているだけだったのですが、(差別を)ちゃんと意識して書かなきゃいけないという年齢になってきたと思いますね。

──今年の新作のひとつ、新国立劇場がギリシャ悲劇(アンドロマケ)をモチーフに新作を委嘱した『たとえば野に咲く花のように』では、戦後の寂れた港町のダンスホールで戦争の傷を抱えながらホステスとして明るく生きる在日コリアンの女たちを巡る物語でした。演出された鈴木裕美さんが「(鄭さんは)悲劇と喜劇をないまぜにした作品を書く」と云っていますが、ある人にとっての悲劇は別の人からみると喜劇になる。悲劇と喜劇は背中合わせですよね。「笑い」に差別が根底にあるように。
僕もそう思いますね。

──鄭さんの作品の笑いは、観客に対するサービス精神からもきていると思いますが、それは笑いの土壌がある関西出身という要素が大きいのですか。
それは強いですよ。笑かさずにはいられない(笑)。とりあえず3回はズッコケなきゃいけない(笑)。吉本新喜劇をみて育ったので、ギャグがくどい(笑)。岡八郎さん、花紀京さんが全盛の頃だったけど、僕は花紀さんのちょっと引いた芝居が好きだったですね。

──岡八郎が「おまえアホやろ」と突っこむと、花紀京が「何で知ってんの?」と切り返す(笑)。
ああ、この人は天才だという気がずっとしてました。

──それって演劇体験ですね。
そうですね。あれは僕だけでなく、関西人共通の、最初の演劇体験じゃないかなと思います。ボケとツッコミの古典ですね。

──鄭さんにとって、「関西弁」で戯曲を書くということを意識することはありますか。
『たとえば野に咲く花のように』は九州が舞台ですから九州弁で書きましたが、そうじゃない時はできるだけ関西弁を使いたいと思っています。関西弁で書いている劇作家も少ないということもありますが、関西弁でしか描けない世界があるし、関西弁の持っている“たおやかさ”が好きなんです。標準語、というのもヘンな言葉ですが、関東弁ではできない世界があるはずですから、たとえば九州の話は九州の言葉で書くように、できるだけ、そこの地域が持っている言葉の強さを凄く大切にしたいと思っています。そういうところに、実は案外、本当の、劇作の芯があると思うんです。

──関西弁には“たおやかさ”と同時に、ある種の暴力性もありますしね。いきなり相手に向かって「どや!!」とか。
関西弁独特の言葉の強さがありますね。「おんどりゃあ!」とか。僕の生まれ育ったところはどちらかというと河内弁に近くて、映画『岸和田少年愚連隊』(96年、作:中場利一、監督:井筒和幸)のシナリオを書いたときは書きやすかったです。

──鄭さんは舞台の劇作家としてだけでなく、映画のシナリオライターとしても非常に高く評価されています。今、話が出た『岸和田少年愚連隊』はじめ、出世作『月はどっちに出ている』や『血と骨』(04年、ヤン・ソギル、監督:崔洋一)など第一線で活躍されています。
僕にとっては芝居も映画も基本的に同じで、書き方に違いはありません。結局は「人間」を描いているので一緒です。ただ、表現方法は違いますし、それぞれにできること、できないことがあるのでその辺りは意識して書きます。昔は、きっちり構成を立てて書いていたんですが、今は最初と最後を決めておくぐらいで、書き始めます。よくシノプシスが欲しいと云われるんですが、「僕、シノプシスどおりに書いたことありませんよ」「シノプシス、すっごく下手です」って抵抗しています(笑)。

──絵が浮かんでくるという作家もいますが。
僕もセリフというより絵が浮かんできますね。いっぱい雪を降らして、その中でリヤカーを引っ張ってとか。『たとえば野に咲く花のように』の時には、ダンスホールの設定を、この辺りに階段があってとか、けっこう細かくディテールにこだわって描きました。もともと映画の美術をやっていたし、下手ですが絵も描くので。美術家に絵をわたすということはありませんが、かなり話し合います。『僕と彼と娘のいる場所』の映画館の舞台セットも、映画館のどこの部分を演劇の場所として切り取るかでずいぶん話し合いました。ロビーとかを芝居の場所にすると、収まりすぎて面白くないし、それで古い映画館の裏口の空き地のようなところに設定した。

──そういわれれば、鄭さんの芝居の舞台になるところは広場的なところが多いような気がします。
そうかもしれないですね。韓国には広場で芝居をするマダン劇というのがあるから、僕の韓国人の遺伝子の中にマダン劇のDNAが組み込まれているのかもしれない(笑)。僕は、“高級石垣朝鮮人集落”という隔離されたような場所で育ったので、基本的にはそういう風景が浮かびますね。

──ところで、現代劇作家の作品には自分探しをテーマにしたものも多いですが、鄭さんの作品はそれが感じられません。
自分探しとか、大っ嫌い(笑)。いろいろあるけど生きてるでしょ、貧乏人は悩まないんです。生きるの死ぬのなんて、言ってなんかいられないんです。
 
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