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Artist Interview
Pioneering a new realm of creative design   The world of costume artist Kodue Hibino
造形的なデザインで新たな世界を開拓 コスチューム・アーティスト、ひびのこづえの感性とは?
NODA・MAP第2回公演『贋作 罪と罰』
(1995年4月〜5月/Bunkamuraシアターコクーン)
作・演出:野田秀樹
衣裳:内藤こづえ(現ひびのこづえ)
贋作 罪と罰
贋作 罪と罰
撮影:青木司
──ひびのさんがそう思われたのは意外です。伝統的な世界で新しい仕事をするのは、さぞかし大変だったのではないかと推察していたので。
確かに当初は大変でした。はじめて歌舞伎の衣装に関わったのが2001年の『三人吉三』で、その時は、衣装コーディネートとしてお仕事をさせていただきましたが、何せ、歌舞伎のことは何も判らない状態でしたから。それに、歌舞伎の裏方さんたちからすれば、「なぜこんな奴が自分たちの職場に?」というような気持ちだったでしょうし、あれだけ革新的なことをされている勘九郎さんでさえ衣装を変えることには抵抗もあったようです。
でも、歌舞伎座で野田さんの新作歌舞伎の衣装デザインをさせていただいたり、回を重ねるごとにどんどん歌舞伎の現場も楽しくなっていきました。私たちが作った作品を、お客様が受け入れて下さったという事実は大きく、最近は歌舞伎関係の方が優しくなり過ぎて、何を提案しても「駄目」と言われないので、少し拍子抜けしています(笑)。

──コスチューム・アーティストとしての仕事は、日本に先達がいたわけではありませんから、ひびのさんが独力で切り開いてこられたものです。
結果的にそうなりますね。何と言いますか、自分は毎回新しいことをやらされる運命の下にあるような気がします。別に自分からあれがやりたい、これがやりたいと開拓していったわけではないのですが、いただいたお話をやっているうちに広がっていった感じです。いつも誰に訊くこともできないし、怯えながら仕事をしているのですが、頼まれると断れない性分な上に、辛い事があっても終わると忘れてしまう(笑)。
その中で「続ける仕事」というのが、私にとっては自分を鍛える上で非常に重要だったように思います。野田さんとの仕事もずっと続けている仕事のひとつですし、雑誌の連載や今一番頻度が高いNHKの子供番組もそうです。この番組では衣装だけではなくて美術もプランニングしているのですが、次々に自分の持っているアイデアを出して行かなければ追いつかない質と量、スピードを求められるので、本当に鍛えられます。

──ひびのさんにとっての最新の分野がインダストリアル・デザインです。舞台衣装や雑誌作品だけでなく、ハンカチやメガネ、食器、スポーツウェアから家具に至るまでを網羅した個展を開いたばかりですが、インダストリアル・デザインをはじめたきっかけはどんなことだったのでしょうか。
私には、高校時代の「好きな絵を仕事にしたい」と思ったあの頃から一貫して、「役に立たないものを作りたくない」という気持ちが強くあります。アーティストいうと、何をしても許されるような雰囲気がありますが、置いておいても仕方ないような、ゴミのような作品も世の中にはあります。私はそういう創作が嫌いなんですね。
その意味では使うことを前提とした、役に立つ生活用品をつくることは私にとって自然だったように思います。でもこれも自分から手を上げたわけではなく、ハンカチなどそれぞれの会社から「デザインしてみませんか」とお声がけいただいたのがきっかけです。ハンカチが一番長くて93年ころからデザインし始め、家具など本格的に商品開発に関るようになったのは、2000年代に入ってからです。
私の創作の原動力は、日常を充実させるところから生まれていると自分では感じています。きちんとした生活、それこそ家の片づけや食事の支度なども含めて、根となる暮らしが荒むと精神的に不安定になり、仕事のうえでも迷ったり自信をなくしたりしてしまう。そんな、自分のベースに欠かせないもの、欲しいものをデザインする場をもらえたのはとてもうれしいです。
そう言えば、大学3年で専攻を選ばなければいけない時期に、インテリア方面もやってみたいと思って関連の授業を取ったことがありました。ゴミ箱を作ったのですが、最近になってダイアモンド・ママ時代からの友人に、「あのときのこづえは楽しそうで羨ましかった」と言われたんです。当時はグラフィック・デザインこそ自由で、インダストリアルの分野は制限が多いような印象があったのですが、実際に仕事をしてみると、むしろこちらのほうが自由に仕事ができるように思います。
実は、私、舞台のコスチュームで一番嫌いなのが、人に着せることなんです。製作途中で、衣装パレードがあって、俳優さんからいろいろ言われるでしょ(笑)。まだ、途中なのに。そういうのがダメなのですが、商品デザインはそういう意味では自分ひとりでデザインできるので、そっちの方が私に向いているのかもしれません。

──ひびのさんと同世代の80年代のアーティストは、あらゆる既成の価値観や意味づけから“逃れる”ために表現をしているように思える、と誰かが言っていました。野田さんの演劇もそういう表現だというのですが、ひびのさんも「逃げたい世代」のビジュアル表現の一翼を担っていたということでしょうか。
「逃げたい世代」という表現は的確ですね、自分の中で非常に腑に落ちる言葉です。なぜずっと一人で仕事をしてきたかといえば、先輩世代とも後輩たちともなるべく一緒になりたくなかったから。今日は自分が“内弁慶世代”だったんだというスゴイ発見をしました(笑)。野田さんとこれだけ長く仕事をしていられることも、影響の大きさも、同時代性がルーツにあると聞くと、これまたひどく納得してしまいます。時代というと重い印象もありますが、それがもたらす影響や出会いの必然が私を育ててくれたのなら、こんなラッキーなことはありません。

──では最後に、クロス・オーバーな仕事をするなかで、ひびのさんにとって「デザインする力」とはどういうものだとお考えですか。
それはもう、「自分を信じること」の一言に尽きると思います。私は自分を信じられなくなったら、何もデザインすることはできません。それは先ほどもお話したように、生活者としての面も含むことで、仕事だけでなく、日常の気持ちよさとか、パートナーである人と快適に過ごすための環境づくりとか、そういう基盤を整えておくことが「自分を信じる」ためには不可欠だと思っています。
 
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