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Artist Interview
The new realm of contemporary dance pioneered by Yukio Suzuki, an inheritor of the compelling body movement of butoh
舞踏の切実な身体の継承者 鈴木ユキオが切り開く新たなコンテンポラリーダンス
──その頃のSTスポット(横浜市立の小劇場を市民ボランティアが運営し、気鋭のアーティストがキュレーターとして新人のオーディションから作品づくりまでサポートするなど、アーティストの卵たちの拠点スペース)での公演を観ていますが、舞踏でもなく、といってモダンダンスでもなく、アメリカの60年代初期のポストモダンダンスに近いというか、割とクールに動きをつくっている感じがしました。舞踏をやりながら、このままじゃ自分は満足できないという何かがあったのでしょうか?
 最初に舞踏をつくり出した人たちは、土方さんがモダンダンスをやっていたように、きちんと踊れる身体を実はもっていて、その上で舞踏をつくり出していったわけです。でも、自分は全く踊れない身体からスタートして舞踏をやろうとしているということに気付いて、それでいいのだろうかと。ダンスをもう1回勉強したほうがいいんじゃないかと、1年半ぐらいバレエの基礎から、ヒップホップ、太極拳まで、さまざまなジャンルのダンスを習ったんです。バレエは最初、間違って本格的な教室に行ってしまい、先生に「何、この子?」って(笑)。

──鈴木さんの意欲と真面目さがよく表れているエピソードですね(笑)。
 これはマズイと思って速攻で帰りました(笑)。バレエというのは絶対的に僕にはできないから、そういう意味ではバレエが一番面白かったですね。身体を全部意識できるので。

──鈴木さんとダンスの関わりが舞踏から出発したにもかかわらず、現在は「舞踏家」というより、コンテンポラリーダンサーとして一般的には認識されています。コンテンポラリーダンス寄りの作品をつくり始めたのは、何かきっかけはあったのでしょうか。
 STスポットの「ラボ」という企画に、ソロ作品で参加したときです。これは、STスポットが毎年キュレーターを選び、そのキュレーターがディレクションするという企画です。山崎広太さんがキュレーターだった2002年ソロで、山下残さんがキュレーターだった2003年にグループで参加しました。その作品が「ラボアワード」を受賞し、それをきっかけにショーケースに参加するようになって、それまでとは違う客層の人に見てもらえるようになりました。
 その頃は、どこかで舞踏的なものをできるだけ排除したいと思っていた時期で、逆に素人の身体を使うとか、そういうことを試していました。その頃、グループ名も「金魚」に変えました。名前の由来は単純で、「金魚飼いたいな」って(笑)。金魚はかわいいイメージだけれど、特に高級なもの、美しいとされているものになればなるほど実際はちょっとグロテスク。価値観というのは、見方によって変わるという意味も込めています。

──その頃に舞踏家の室伏鴻さんとの出会いがありましたよね。
 室伏鴻さんの公演は何度か見ていたんですが、実際にお会いして話をしたことはなかった。でも、2003年9月のメキシコ公演の時にダンサーとして声を掛けていただいたんです。舞踏から離れようとしていたところから、また一回りしてもう一度触れてみてもいいかなと思っていた頃で、やってみようかと。現地で初めて室伏さんとお目にかかって話をして、10日ほどで作品をつくりました。その後、東京に帰ってからKo & Edge Co.の『美貌の青空』という作品に発展させていったんです。
 室伏さんに、舞踏の可能性や、身体の使い方について教えてもらって、改めてちゃんと身体で見せたいと思えるようになりました。一度は舞踏を知ってしまった身体がすごく嫌になったのですが、逆に、素人の身体では出来ない何かができるんじゃないか、と思い直せるようになりました。

──05年のトヨタコレオグラフィーアワードに応募して、観客の投票による「オーディエンス賞」を受賞した『やグカやグカ呼嗚』は、鈴木さんがやってきた舞踏の色合いが良くも悪くもほとんど見えない作品でした。私はそれをポジティブにとらえています。というのは舞踏とかコンテンポラリーとかに関係なく、鈴木さんのグループワークのつくり方の原点が見えた気がしたからです。鈴木さんのように、ソロを主にして小スペースでやってきた人が、グループ作品をつくるのは大変だと思います。あの作品はどのようにつくっていったのですか。
 今も同じかも知れないですが、混沌とした状態をつくり出したいという意図がかなり出ている作品だと思います。ハプニングじゃないけど、人がどんどん出入りして、展開していく。身体の強度と言うよりは、いわゆる演出の面白さというのを試していました。ラボアワードを取った時と同じように、パフォーマンスをやっている人だったり、お笑い系の人、整体師で空手をやっている人とか、自分の周りにいる面白い人に出てもらいました。いろんな身体があって面白いなあ、というのを表現したかったんですね。ただ、踊りをやっている人ばかりではないので、こういうスタイルを続けていくことは難しいと思います。

──この頃から、自分で踊るばかりでなく、演出が面白い作業だというふうに思い始めた?
 それと同時に、このメンバーで自分が踊ってしまうと、どうしても自分の身体が周りから浮いてしまう時があって。それで演出だけに専念したほうがいいんじゃないかとか、思う時期でもありました。
 
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