The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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藤本隆行
藤本隆行(ふじもと・たかゆき)
1987年よりパフォーマンス集団「ダムタイプ」に参加。パフォーマンス作品『S/N』『OR』『memorandum』『Voyage』の照明を手がけ、『OR』以降はテクニカル・マネージメントも担当する。また、池田亮司の映像と音楽によるコンサート作品シリーズ「formula」や、香港の振付家ダニエル・ユン、ベトナム生まれのフランス人振付家エア・ソーラ、シンガポールの映像作家チョイ・カーファイほか海外のアーティストのパフォーマンス作品などに照明デザインを軸に参加している。近年は、ギタリストの内橋和久やシンガーのUAとのインスタレーション/コンサート『path』、ダンスカンパニーMonochrome Circusとのコラボレーション『Refined Colors』『lost』で、LED照明デザインを特徴とする作品を制作。2007年には最新作『true/本当のこと』において、白井剛(AbsT/発条ト)、川口隆夫(ダムタイプ)の2人のパフォーマーと、多彩なアーティストで編成されたテクニカルチームを率いて、LED照明を含めたデジタル・デバイスの同期にフォーカスを当てた有機的な舞台作品を構築。その作業では、デジタル技術を舞台作品に積極的に援用することで、パフォーマーが客席と対峙する強度と比べても遜色のない、観客への直接的な回路を新たにつくり出すことを目指した。
http://dumbtype.com/
http://www.refinedcolors.com
http://www.true.gr.jp



『true/本当のこと』公演情報
http://true.gr.jp/
http://www.jpf.go.jp/j/culture/new/0907/07-03.html

東京公演
2009年08月6日〜9日
会場:シアタートラム
http://setagaya-pt.jp/theater_info/2009/08/true.html

オランダ公演
・アムステルダム
2009年9月25日〜26日
会場:Stadsschouwburg Amsterdam (SSBA)
http://www.ssba.nl/page.ocl?pageid=3&ev=35742
・アイントホーフェン
2009年9月29日
会場:Parktheater Eindhoven
http://www.parktheater.nl/

ドイツ公演
・デュッセルドルフ
2009年10月3日、4日
会場:Tanzhaus NRW Dusseldorf
http://www.tanzhaus-nrw.de/de/spielplan/index.php?month=vorschau#49
・フランクフルト
2009年10月9日、10日
会場:Mousonturm Frankfurt
http://www.mousonturm.de/

フランス公演
パリ
2009年10月15日〜17日
会場:パリ日本文化会館(Maison de la culture du Japon a Paris)
http://www.jpf.go.jp/mcjp

公演クレジット
[ディレクション・照明] 藤本隆行(dumb type)
[振付・出演] 白井剛(AbsT・発条ト)
[振付・テクスト・出演] 川口隆夫(dumb type)
[音響・振動・システムデザイン・プログラミング] 真鍋大度
[音響・映像・ビジュアルデザイン] 南琢也(softpad)
[映像・プログラミング] 堀井哲史(rhizomatiks)
[機構設計] 齋藤精一(rhizomatiks)
[ディバイスプログラミング] 石橋素(DGN)
[センサーシステム] 照岡正樹(VPP)
[衣装デザイン] 北村教子
Artist Interview
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Artist Interview
2009.7.31
play
The world of Takayuki Fujimoto, a lighting artist at the forefront in Japan’s multimedia performance scene  
日本のマルチメディア・パフォーマンスを支える照明アーティスト藤本隆行の世界  
マルチメディア・パフォーマンスの先駆けであるダムタイプのメンバーとして、コンピュータ制御による照明の世界を切り開いてきた藤本隆行。近年では、LED照明の可能性を追求するプロジェクトに力を入れ、パフォーマーやIAMAS(国際情報科学芸術アカデミー)出身のクリエーターたちと組み、音、映像、パフォーマーの動き、照明を同期させた空間表現を模索してきた。その代表作『true/本当のこと』の再演(2009年8月〜)による海外ツアー(オランダ、ドイツ、フランス、ブラジル)を前に、ダムタイプ時代からLED照明の未来まで、マルチメディア・パフォーマンスを支えてきた“特殊照明家”藤本の世界について聞いた。
(聞き手:川口隆夫(ダムタイプ)、坪池栄子)



ダムタイプで育まれたマルチメディア・パフォーマンスとしての照明

川口:私と藤本さんは二人ともダムタイプのメンバーで、私は1999年から、藤本さんは初期から参加しています。当初は照明の担当じゃなかったみたいですが、これまでの経緯を聞かせていただけますか。

藤本:僕とダムタイプの中心的存在だった故・古橋悌二とは同じ高校で学年も一緒、共に京都市立芸術大学に進学しました。
 僕は芸大バレーボール部に入ったのですが、その歴代のメンバーがすごかった。名前を挙げると、もう卒業していましたが、上級生に美術家の椿昇さんがいて、1年上が同じく美術家の藤浩志、そして僕。その下にダムタイプメンバーの小山田徹とキュピキュピの江村耕市が入って、さらにその1つ下には同じくダムタイプの泊博雅。その下がヤノベケンジと高嶺格、それから現代美術家で建築物ウクレレ化保存計画の伊達伸明、そのもうちょっと下にはキュピキュピの石橋義正がいました。他にもいろいろな人がいて、今では伝説になっていますが、これだけのアーティストが皆な同じバレー部で、筋トレから始まってすごく厳しくやっていた。その上、藤、小山田、泊、高嶺は同じ鹿児島出身だったから、人間関係がとても密接だったんですね。
 それで藤さんはダムタイプの前身となる京都市立芸術大学演劇部「劇団座カルマ」にも入っていて、やがて座長になる。古橋や小山田や泊など後のダムタイプのコアメンバーとなる面々はこのカルマで活動していて、そこからダムタイプができあがっていきました。
 僕自身はカルマには参加してなくて、絵を描きながら大学1年の時から始めた舞台大道具のアルバイトを続けていた。大道具は芸大バレー部定番のバイト先で、京都の公共ホールや、宮川町歌舞練場などで働いていました。そのうち舞台用語にも詳しくなり、どうやって舞台が動いているのか、舞台監督の指示の下にどう動くべきかといった裏方のこともわかってきた。仕事がすごく面白くて、大学4回生の頃にはフリーの大道具さんみたいな状態になっていました。
 大学を卒業した時に(1984年)、京都の嵯峨野に25畳ぐらいの広いアトリエを借りたんですが、しばらくして同じ建物の上の階が空いたので、卒業を控えていたダムタイプのメンバーが事務所として借りることになった。それで、『睡眠の計画』で初めての学外公演を行った時に、劇場のことに詳しいからと大道具として駆り出されたのが、ダムタイプに入ったきっかけです。
 次の『036-PLEASURE LIFE』(87年初演)でダムタイプは初めてメディアを採り入れましたが、僕の知り合いに電子回路を組むヤツがいて、彼に頼んで、ビデオ・スイッチャーや照明制御装置、モーターのコントローラーなどをつくってもらいました。そして僕は、あの頃は小山田と一緒に大道具・小道具なんかをやっていました。

川口:僕は『PLEASURE LIFE』をプロモーション・ビデオで見たのですが、丸い蛍光灯をたくさん使っていて、こんなことができるのかとビックリしました。あれは高谷のデザインですか?

藤本:『036-PLEASURE LIFE』『PLEASURE LIFE』『pH』『S/N』の照明デザインは高谷です。高谷の照明は格好いいのですが、舞台照明はほとんど使ってない。彼は建築を学んで設計事務所に行っていて、建築用のカタログから照明を選んで、それ以外は必要に応じて自分たちでつくっていました。
 『036-PLEASURE LIFE』の頃には、映像を入力できるソニーのモニター(PROFEEL)が発売され、VHSのカメラも市販で買えるようになり、ライブ映像をそのままモニターに映せるようになった。でもまだCGはあまり描けないし、描けても心電図みたいなレベルで。それでもダムタイプの表現はテクノロジーの進歩と密接に関係していました。
 『S/N』(92年初演)の頃にはMacの性能もかなり上がってきて、自分たちでもCGを描けるようになった。ビデオプロジェクターも高かったんだけど、自分たちでも何とか4台ぐらい買えるようになり、高谷が古橋と共に映像を担当することになったんです。それで舞台照明ができる人がいるといいよね、ということになり、じゃあ劇場のことに詳しい僕がやろうと。自分でプランしたのは『OR』(97年)が初めてです。

川口:大道具だったんですね。それじゃあ、藤本さんは本当の叩き上げの照明家なんだ。“叩き屋=大道具”から叩き上げた照明家(笑)。

藤本:きちんと照明技術を習ったわけでもないから、自分では“特殊照明家”って言っているけど(笑)。

川口:『S/N』の時はどんな感じだったのですか?

藤本:『S/N』は最初インスタレーション『S/N #1』から始まって、デンマークのホテル・プロフォルマと別のコラボレーションする話が進んでいる時に古橋が倒れてしまった。彼を日本に残して僕らだけデンマークに行ったら、古橋からHIVに感染していてAIDSを発症したという手紙が届いたんです。それで『S/N』パフォーマンスの方向性がはっきり見えてきたんです。アデレードに行くことになっていたので必死でつくりました。照明プランは高谷が書いて、僕は現地スタッフに「パッチって何?」とか聞きながらプログラムを組んで、夢中でオペレーションした。それが最初の照明体験です。
 そのうち、各メンバーが忙しくなってきたので、僕がテクニカルマネージャーとしてCADを使って舞台図面を描くようになりました。舞台・映像・音響・照明と、全体を見ながら打ち合わせを進めないとダムタイプの作品は出来ないので、大道具もわかっていた僕が舞台の図面も照明の図面も全部引いて、外部とやりとりをするようになったんです。
 
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