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松井周
松井周(まつい・しゅう)
1972年、東京都出身。96年に平田オリザ率いる劇団「青年団」に俳優として入団。その後、作家・演出家としても活動をはじめ、青年団若手自主企画公演『通過』(2004年・第9回日本劇作家協会新人戯曲賞入賞)、『ワールドプレミア』(05年・第11回同賞入賞)、『地下室』(06年)、『シフト』(07年)を経て、07年9月『カロリーの消費』により劇団「サンプル」を旗揚げし、青年団から独立する。一般的な価値観を反転させ、人間関係やコミュニケーションについての幻想を打ち砕いた虚無的な世界を描き、同世代を中心に高い支持を得ている。作品が翻訳される機会も増え『シフト』『カロリーの消費』はフランス語に、『地下室』はイタリア語に翻訳されている。『家族の肖像』(08年)と『あの人の世界』(09年)で第53、54回岸田國士戯曲賞最終候補にノミネート。戯曲提供や翻訳戯曲の演出など外部での仕事も多く、近年は大学講師、小説やエッセイなどの執筆活動、CMや映画、ドラマへの出演など幅広い活躍を行う。『自慢の息子』(2010年)で第55回岸田國士戯曲賞を受賞。
http://www.samplenet.org/index1.html
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an overview
Play of the Month
松井周最新作
サンプル+三鷹市芸術文化センターpresents
太宰治作品をモチーフにした演劇作品第8回
『ゲヘナにて』
作・演出:松井周
会場:三鷹市芸術文化センター 星のホール
7/1 (金) 19:30
7/2 (土) 14:30, 19:00
7/3 (日) 14:30
7/5 (火) 19:30
7/6 (水) 14:30, 19:30
7/7 (木) 19:30
7/8 (金) 19:30
7/9 (土) 14:30, 19:00 (英語字幕付き)
7/10 (日) 14:30

http://mitaka.jpn.org/ticket/1107010/
サンプル『自慢の息子』
(2010年9月15日〜21日/アトリエヘリコプター)
自慢の息子
自慢の息子
撮影:青木司
サンプル『家族の肖像』
(2008年8月22日〜31日/アトリエヘリコプター)
家族の肖像
家族の肖像
撮影:青木司
北九州芸術劇場プロデュース『ハコブネ』
(2010年2月23日〜28日/北九州芸術劇場小劇場)
ハコブネ
ハコブネ
撮影:藤本彦
Artist Interview
2011.5.26
play
Affirmation of the passive life, the realism of Shu Matsui  
受動的に生きることを肯定する 松井周のリアル  
第55回(2010年度)岸田戯曲賞を受賞した劇作家の新星・松井周。受賞作の『自慢の息子』は、どこかのアパートの一室のような場所に引きこもり「国家建設」を進める中年の息子と、息子を探し歩く母親を通じて、必ずしも主体的には生きられない人々のリアルと葛藤を描いた作品だ。「現代口語演劇」で知られる平田オリザが主宰する青年団で俳優として活動しながら、2007年には自らが主宰する劇団「サンプル」を旗揚げ。翌年発表した『自慢の息子』の前編とも言える『家族の肖像』で、引きこもりの息子と母、フリーター、自傷常習者など、現代の歪みを象徴する人々のエピソードをサンプルの様に呈示し、現代社会のあり様をありのままに受け止めて一躍注目を集めた。1972年生まれの劇作家の目にうつる現代とその表現の可能性とは? 彼のバックグラウンドとともに聞いた。
(聞き手:鈴木理映子)



──岸田戯曲賞の受賞おめでとうございます。2008年に発表された『家族の肖像』以後、松井さんの作品は3年連続で最終候補になり、その現代性は高い評価を得てきました。まずは松井さんにとって、受賞作『自慢の息子』がどういう作品だったのかを振り返っていただけますか。
 『自慢の息子』は『家族の肖像』の続編のようなところがある作品です。『家族の肖像』で試みたのは、引きこもりの息子と母親、フリーター、コンビニの店長など、点在する孤独な人たちを、敢えて同じ場所、同じ時間に、レイヤーを重ねるように存在させることでした。舞台の四方の高い位置に客席を作り、まるでプールの中をのぞきこむように舞台を観てもらった。戯曲そのものはまだまだ実験中という感じでしたが、こういった空間づくりとテキストがうまく一致した手ごたえはありました。
 『自慢の息子』は『家族の肖像』の中にもあった母と息子の関係に焦点を絞り込んだ作品です。親子が互いの領土を奪い合うように自分の居場所を作っていく。またそこからさらに発想を広げ、二人の領土に外の人が侵入してきたり、排除しあったりするさまを描きたいと思いました。
 ここでいう「領土をつくる」というのは、「自分の物語の幅を広げていく」ということです。人というのは、自分の物差しで相手を測ろうとするし、測れるところしか見ようとしない。そんなふうにお互いをラベリングしあっている。要するに人は、自分の物語でしか他人を見ようとしないんです。それは親子の間にもあることだと思います。親は子どもに名前をつけるその時から、一種の物語をわが子に貼り付けていて、子どもはその物語を生きなければいけないと思い込む。もちろん「こんなのは自分の物語じゃない」と反発もすることもあるし、逆に親を別の物語で包み込んでいこうとすることもあるでしょう。そう考えると、たとえば名前をつけることひとつをとっても、非常に暴力的なことに思える。こういうことが、何かの物語の発端になるのではないかと思って取り組んだのが『自慢の息子』でした。

──松井さんの戯曲では、寝たきりで姿を見せない母が押す介護用のベルが家庭を支配する『通過』、姥捨ての物語がモチーフに使われた『カロリーの消費』など、この2作に限らず、親子の関係が繰り返し描かれているように思います。
 確かにそうですね(笑)。やっぱり、すごく好きなテーマなんだと思います。親子関係には、物語の歪みが一番表われやすい。本当は偶然親子になっただけなのに、「運命的なつながり」っていう物語を貼り付けやすいじゃないですか。でも血縁は運命として捉えられやすい分、齟齬も起こしやすいと思うんです。遺伝や血が運命として過大評価され、その方向で物語が作られていく時、他人なら裏切りや愛憎のドラマは起きないのに、親子関係では悲劇も起きる。
 僕自身はおばあちゃんっ子だったので、母親というよりも祖母が貼り付けてくる物語に反発していた気がします。すごい愛情で包み込んでくる分、そこから逃れられないという感覚が強くなる。さらに、年老いてくると自分で作った物語に身体がついてこなくなるので、「私が守ってあげる」と言ってももう守りきれない。自分が作った物語から自分がズレてきているのに気づいていない。
 そういう親に保護されながら自立している子どものイメージが僕の戯曲のモチーフにはあって。母親が赤ちゃんに母乳を与えているんだけど、その赤ちゃんは勃起したペニスを母親の子宮に入れて射精している、というイメージ。母親としては息子を守っているつもりだけど、息子は息子で変に自立していて母親をパートナーに選んで新しい命を吹き込んでいる。こうした保護とも自立ともいえない気持ち悪い依存の関係が、日本で言う「自立」にはあると思うんです。じゃあそれは本当に「自立」や「子離れ」とは呼べないのか。そういうことを考えながら戯曲を書いています。

──「運命」や「物語のズレ」は、多くの場合悲劇として描かれます。でも松井さんの視点はそれすら俯瞰した、一種神話的なムードをたたえているように見えます。『自慢の息子』では、床に毛布が敷かれていて、その動きや乱れが「領土」というテーマを象徴していました。終幕にはその上をラジコンのヘリコプターが周遊する仕掛けがあって、舞台上の世界そのものが客観化されたように思いました。
 ヘリコプターは美術スタッフのアイデアだったのですが、そう見えたとするとうれしいです。「運命に翻弄される」なんていうと抽象的になりがちですけど、俳優は「空間」とかそこにある具体的な「モノ」とか「人」に影響されて動かされることが多い。僕が好きなのはそういう感覚です。例えば机を「船だ」といい、畳が「砂漠」に見えるように仕掛けることで、俳優の立ち位置や姿勢が動かされる。ラジコンのヘリコプターを飛ばすだけで、そこに新たな視点が生まれ、俳優や舞台の大きさは変わらなくても、観る側のスケールを変えることができる。局所的にでもそういう「動かされる」感覚をつくりたいと思っています。

──サンプルのウェブサイトにも「つまり、私たち人間は能動的に何かを選択し、行動しているわけではなく、受動的に何かを選択させられて、動かされている。そういう状態を演技の基本として作品をつくっている」と書いてあります。戯曲を書く際も、そういうことを考えながら状況をつくっているのですか。
 具体的な作業としては、まず、自分が表現したいモチーフを持って舞台美術・ドラマターグ・衣裳・照明・制作といったスタッフと打ち合わせするところから始めます。本格的に書き始めるのは、そのモチーフを、決められた劇場空間でどう表現するのか、それこそ客席の位置についてまで話し合った後からです。それでまずは3分の1くらいを書いて稽古に入ります。残りは俳優と一緒に、例えば「ここで布を動かすのは難しい」と言うなら、それをうまく動かすためのせりふを書いたり、美術のスタッフがヘリコプターを飛ばしたいなら、そういう場面を作ったりして進めていきます。

──戯曲が先ではないのですか?
 ええ。こういうやり方は『カロリーの消費』から試み始めて、『家族の肖像』で徐々に形になり、『自慢の息子』でひとつの完成にたどりついたと思います。以前は書きあがった戯曲を皆に配って、「こういうふうにやってほしい」とい説明するやり方をしていたのですが、やっぱり自分の中からだけではもう出ないというか、自分の発想のバリエーションには限界がある。だから今は雑談みたいに話すことの中からアイデアが出て、それを具現化していくことに刺激を感じています。
 それにはドラマトゥルクの野村政之君の存在も大きいですね。彼には『家族の肖像』の時から正式に参加してもらうようになりました。装置や衣装なども含めた舞台全体について、垣根を越えて意見を言う人が現れたことで、ほかの人も自由に発言するようになった。不思議な存在です。アカデミックな考証をするドラマトゥルクとも違うし、プロデューサー的な感じでもない。「こんなのやりたいんだよね」って言うと、いろんな素材を持ってきて、発想の幅を広げてくれるんです。ああいう人が一人いるだけで、現場はずいぶん面白くなります。
 作・演出家のトップダウンみたいなやり方は、もうリアリティをもてないと思うんです。情報の取り方にしても、テレビとか新聞だけじゃなく、今はツイッターなんかのソーシャル・メディアもあるから、個人個人で違う。その状況をどう汲んでいくのか。演劇をつくる側もやり方を変えないとリアリティを保てないのではないかという気がしています。 

──『通過』は家庭劇ですし、『地下室』はカルト風の自然食品の店が舞台になっていました。初期の作品は、舞台美術も含め、現実世界に則した設定が多かったのに対し、『カロリーの消費』以後は場所や時間も曖昧になり、視覚的にも抽象化が進んでいます。
 確かに変わりましたね。僕はチェルフィッチュの岡田利規さんとポツドールの三浦大輔さんとほぼ同世代なんです。彼らの存在はやはりすごい衝撃でした。だから初期の作品は三浦さんがやろうとしている強烈なリアリズムの表現と、岡田さんが試みるダンスとリアリズムの融合やそこに表れるヌーボー・ロマン的な感性の間で迷っていたというか、どっちにも流されていたところがありました。『地下室』なんて三浦さんの影響がすごく強かったですからね。『カロリーの消費』辺りからようやく、青年団から独立して「劇団」になったということもあり、自分の方向が決まってきた感じはありました。

──サンプルはもともと青年団の若手公演のメンバーから派生した劇団です。誕生の経緯をお話しいただけますか。
 青年団には若手自主企画という枠があり、企画と予算書を提出し、出演したいという劇団員が集まれば補助金が出て、劇団のもっている劇場(こまばアゴラ劇場、アトリエ春風舎)で公演することができるんです。そこから集団をつくって「青年団リンク」として活動し、独立したい人は独立する。基本的にオリザさんは演出部にいる人間は独立させるという考え方なので、僕は外部の劇場(三鷹芸術文化センター)で上演する話を頂いたのを機に独立しました。
 「サンプル」という劇団名は、何か主体性を感じられないような名前にしたいと思って付けました。いわゆる人間ドラマのような作品ではなく、もう少し引いた目線で世界を見るような作品を作りたかった。つまり「標本」とか「実験の要素」みたいな感じ、素材と素材を組み合わせたらどんな化学反応が起きるのかを見ている感じです。それは人間とモノの組み合わせなのかもしれないし、空間と人間なのかもしれない。いずれにせよすべてを「素材」として見ているところはあります。

──松井さんは大学卒業後に俳優として青年団に参加されました。劇作へのモチベーションはどのように育まれたのでしょう。
 大学生の時から俳優としてやっていくことはもちろん、なんとかして自分の世界をうまく見せたいという気持ちがありました。それで青年団に入ってからオリザさんの劇作ワークショップに同行して、芝居の書き方を真面目にメモしたり。でもどうしてもうまく書けないまま、8年くらいが過ぎた。その時期は自分のテーマを探していたんだと思いますが、そう簡単に見つかるものでもなかった。それである時、今度はテーマとか考えずに「こんにちは」「こんにちは」っていうくらいの日常会話から始めてみたんです。ただしそこに、どこか日常じゃない行為をはさんでいく。そうすると日常会話に隠されていた関係が露出してくる。それが面白くなって書き進められるようになっていきました。つまり、僕はできるだけ確率の低い、考えづらい方へ向かって書く。その方が思わぬものが露出してくるからで、それが自分の劇作法になっています。

──そうして生まれたのが劇作家協会の新人戯曲賞の最終候補にもなった処女作の『通過』です。母親の介護に追われる従順な夫婦のもとに、ユートピア建設を謳う兄が現れ、平穏だったはずの日常に隠された欲望や不安、依存の関係を露呈させていく。また、その過程で、突飛でアブノーマルな性的描写も顔を出します。これは今にいたる松井作品の特色の一つになっています。
 『通過』では、夫婦二人だけの世界に他者が入ってきてそれを裏返していく過程を見たかったんです。二人がどういう選択をして生きていくのか。善意の選択をして他者を受け入れようとしているにもかかわらず、それが蹂躙されていく様子に興味があった。だから、社会的なテーマがあって書こうとしたというよりも、まずは二人の登場人物なり俳優なりを追い詰めてみたかったんです。
 性的表現については、うわべで抑制しながらしゃべっているのにどうしても下半身の事情が突き出てきちゃうような時、俳優はどう反応するのかを考えるのが好きだからでしょうね。それは滑稽にみえるかもしれないし、哀しく見えるかもしれない。その反応を僕は見たいし、そのために台詞を書いているところは確かにあります。そういう意味では、自分自身が俳優であるってことが、創作の根本になっているのかもしれません。
 特に青年団で俳優をしていると、オリザさんに「そこでこっち向いて5秒黙っていたら悲しそうに見える」なんて演出をされますからね。もちろん、それには俳優としてフラストレーションを感じる、同じ5秒でより生々しく高い精度で演技を見せたいとも思う。ただその一方では、言われた通りにやる楽しみというのもあるし、実際に指示通りやることで悲しく見えたりもする。もしかすると、こういった感覚が「動かされる」ことへの興味につながっていったのかもしれません。

──そもそも松井さんが演劇に興味を持ち、俳優を志したきっかけはどういうものだったのですか。
 子どもの頃から、何かの思い込みに乗っかって遊ぶのが好きだったりはしましたけどね。例えば「野菜を食べろ」って大人からよく言われますよね。「じゃあ、庭に生えている草も野菜じゃないか」っていうので、遊び仲間に雑草を食べさせて、全員で胃洗浄に連れていかれたとか(笑)。そういうことが演劇の原型といえば原型かもしれない。
 それと、高校生の時に姉が英語劇で『ガラスの動物園』をやったのを観たんです。姉は母親のアマンダ役をやっていたんですが、これが面白かった。『欲望という名の電車』のブランチもそうですけど、僕はああいう、自分の物語だけで周りを包んじゃう困った人を見るのが大好きなんです。それで自分でも高校の演劇部で『ガラスの動物園』を上演し、息子のトムをやりました。その演劇部自体それほど盛り上がってはいなかったし、僕も好きな子がいたから入ったくらいのことだったんですけど。でも、それがまた強烈な感覚だったわけです。トムは語り手で、過去を回想している。つまり彼は新しい物語を作ろうとしながら過去から逃れられないでいるわけです。そういう彼の物語とアマンダの困った物語の重なりやズレが面白くて。家の中にいる母のアマンダと外に出ようとするトム、その間でどこにも行けずに引きこもるローラ。3人それぞれの妄想の動物園みたいなものがそこに立ち上がっているような感じもしました。

──それで大学でも演劇研究会に入られたんですね。学生演劇を続ける中で、影響を受けた劇作家・演出家はいますか。
 大学時代は寺山修司とか唐十郎が大好きな先輩がいたこともあって、アングラのようなものばかりやったり観たりしていました。テントの中で地べたに座って、水をかぶるシーンがあったらみんなでビニールを被ってよけるとか、そういうことがいちいち楽しかった。台詞もなんとなく感動するし、光の当て方、音の入れ方の大胆さも不思議に面白かったですね。だから、黒いマント着てシルクハットかぶって、白塗りして、スローモーションで動いて異世界に入っていく、みたいなことをなんの違和感もなくやっていました。
 ただ、そういう雰囲気にも慣れてしまうもので、ほかに面白いものはないかなぁと思っていたところに、宮沢章夫さんや岩松了さん、それからオリザさんの芝居と出合ったんです。書かれている世界観はもちろん、演じる際に使う身体もそのエネルギーのありようもアングラとは全く違うもので、こういうのもやってみたいなぁと思いました。特に岩松さんの戯曲は好きで、自分でも真似して1本書いたんです。『言い訳人生』ってタイトルで(笑)。まあ、考えてみれば、書いていることは今も変わらないのかもしれませんね。人生ってある意味言い訳しているようなものだし、僕はそういう自分の物語を作り出す人のことばかり見続けているようなところがありますから。

──ドラマティックなアングラと抑制された日常会話で展開される「静かな演劇」系統の作家。二つの異なる傾向の演劇を経験されたわけですが、中でも平田オリザさんの青年団へ入団されたのはなぜでしょう。
 共感と言うよりも、自分の分からないものに触れてみたかったんです。岩松さんの戯曲も、言葉自体は短くて日常的ですけど、どこか詩的で熱い感じがします。でもオリザさんの言葉はもっと硬質だし、冷たくて、自分には分からない気がしました。

──「冷たい」というのはおそらく、熱狂や没入のなさからくるものですよね。欲望も絶望も激しく露出する松井作品とあくまでも日常言語の中にそれらを埋め込む平田さんの作品は感触こそ違いますが、どちらも劇中の誰か一人の視点で語られるものではありません。
 オリザさんのものの見方っていうのは、自分が考えるほどには人の主体性は確固としたものじゃなくて、環境や関係の影響を受けて動かされてしまうものだっていうことだと思います。戯曲も本当に短い言葉でできているんですけど、ちょっとした間ひとつとっても、登場人物の間の関係や距離感をすごく刺激するように書かれている。それには、僕は大きく影響を受けています。僕もひとつの方向性に集約されるようなものよりは、人間は分からないんだということを見ていきたいし、書いていきたいですから。
 ただ、僕はオリザさんのように「3秒待つ」とか「同時多発で」とかって書き方はしてないです。作家として面白いなぁと思う一方で、オリザさんはあまりにも確固とした柱で、あんなに意見がはっきりしている人もいないし、僕にとって父親のような面もある。それを超えるためには、同じことはできないし、側にいるとそうしたいとも思わなくなってくるんです。で、そのことが実は青年団を活性化させている。これももしかしたら、平田オリザに「動かされている」のかもしれません(笑)。
 それから「没入」ということでいうと、同世代のハイバイの岩井秀人さんは尾崎豊が大好きらしいんですけど、僕自身はあまり何かに熱狂した記憶がない。野田秀樹さんや鴻上尚史さんの80年代演劇の盛り上がりにも間に合ってはいなかったですし。だからそういう熱狂に対する憧れがあって、宗教的な集団やユートピアについて書くのが好きなんです。ただその時にはやはり、単に狂信的で危険な集団としてではなくて、その裏にある感覚も同時に見せたいと思っています。そういう集団が悪意だけで成り立っていたはずはなくて、むしろ善意が裏返って悪意になっていったのかもしれないし、周囲の評価の方が変わったのかもしれない。そういう二面性、三面性をどんどんグチャグチャにして混ぜておきたい。

──何かひとつの答えや共有事項に向かうのではなく、フィクショナルな設定を作りつつ、そこに現われた混沌を描きとることにリアリティを感じているんですね。
 ええ。でも、だからといってシニカルなつもりはないんです。むしろ自分としてはポジティブ。ディスコミュニケーションを描くといっても、それ自体はよくあることだし、悪いことでもないですから。逆に、例えば二人の人が会話してうまくコミュニケーションができたとしても、それぞれが一人で食事をする時の孤独は変わらないはず。でもその孤独を共通項に「仲間だ」という気にもなれないでしょう。だからもうそれはそのまま、同時に出せばいい。そのうえで「誰かと会いたい」と感じる人もいれば、「一人になりたい」と思う人がいてもいいと思っています。

──2010年には北九州芸術劇場で『ハコブネ』を作・演出され、また蜷川幸雄率いる高齢者劇団・さいたまゴールドシアターにも戯曲『聖地』を提供されています。外部での創作はサンプルの活動と違いますか。
 『ハコブネ』では、小林多喜二のプロレタリア小説『蟹工船』をイメージソースにするというのが先に決まっていて。ただ、昔と違って今は雇い主と労働者の関係が、そんなにはっきりしてはいない。雇っている側も誰かに雇われてるし、労働者同士も特に団結しているわけでもない。だからむしろ、そういう、区別のつかない、団結しづらい状況を書こうと思いました。ただあの作品は、オーディションで選んだ地元の出演者たちにインタビューし、それを取り入れつつ作ったので、やりながらどんどん変わっていったところも多いです。
 『聖地』の方は42人の劇団員がいることはもちろん、『アンドゥ家の一夜』(第3回公演:ケラリーノ・サンドロヴィッチ作)を観て高齢者の面白さは分かっていましたから。『ハコブネ』のように話を聞いちゃったら、きっと中には戦争体験があったりする方もいるわけで、かえってこちらで物語を書くことなんてできなくなる。だから敢えて「自分が高齢者になった時」っていう妄想だけで書きました。演出はしないので、そのぶんできるだけ分かりやすく、構造的に書いたつもりです。普段は時間も空間も結構歪めてしまいますし、犬なんだか女の子なんだか分からない人物が出てきたりしますけど、それはやめようと(笑)。
 最近分かってきたのは、サンプルでは、作家の自分と演出家の自分を分ける必要がないということです。昔は自分が書いたものに対しても、冷静に演出するという態度がいいと思っていたのですが、今はその境目がなくなってきた。場面転換も俳優の演技で見せていくことが多いし、スパッと場面を割るんじゃなく、グラデーションで変わってく感じを出したい時もある。そうしないと正確に変わっていく推移が出せないし、それじゃあ自分の世界にならないなぁと思うんです。だからもし、僕がサンプルで書いた作品を別の人が演出するとしたら……難しいかもしれない。いや、だけど分かりやすく書いてないぶん、遊びがあるといえばあるのかもしれないので、どういうふうにもやれるかもしれないですね。

──80年代演劇は別としても、松井さんは西洋の近代演劇、日本のアングラ、そして平田オリザの現代口語演劇と、日本の現代演劇史を自ら経験してこられた面があると思います。また近年では20代の劇作家たちが、ヒップホップやコミックなどのポップカルチャーを引用した作品で注目を集めていますが、こうした流れの中で、松井さんご自身はどう今後の活動を展開していこうと思われていますか。
 確かに今の若い人たちの、音楽的なリズムを使ったり、物語を反復させたりといった方法的実験は、自分の作ろうとしているものとは違う気がします。だから、俳優、人間がそこにいて、空間とかモノと影響しあっている、そのズレや共感から発想していくこと自体はこれからも変わることはないでしょうね。ただ、そこで描かれる「他者」のありようについては、もうちょっと検証したいと考えていています。実は今回、岸田戯曲賞を頂いたことが、ひとつの境目になるかもしれません。「私とあなたは違うところもあって、同じところもある」ってことをもっと見せたいし、これまでとは違う方法もあるような気がしているので。
 例えば松田正隆さんは、ここ数年、広島と長崎という二つの被爆都市についての作品を連続して発表されています。そこでは、どんなに頑張って対象に迫ろうとしても、どうしても部外者でしかいられないということと、それでもなお近づこうとする姿の両方が描かれているのですが、僕はこの姿勢が演劇としてすごく重要なんじゃないかと思います。他者を自分の物差しで見て、同調したり排除したりするのではない方法。そういうことを自分でももっと考えていけたら……。松田さんはその過程で、自らの完成された劇世界を崩し、ドキュメンタリー演劇や展覧会型演劇に向かいました。僕自身がこれからどうなっていくかは、正直まだ分かりません。でも、少なくとも一人の劇作家があれほど変化していけるということは、僕にとって希望だし、刺激にもなっています。

──劇作家の変化には、その人の演劇観、観客観の変化、ひいては社会の変化も映し出されていくのだと思います。「いま・ここ」は演劇の根源的な魅力ですが、それを単なる共有体験のロマンだけに求めるのではなく、社会との関係において見ていく意識も大切です。
 社会学というのか、人間が何をよりどころにして生きているのか、またそのよりどころがどう変化しているか、そういうことを考えるのは好きです。自分は何をよりどころにしてこの場所に立っているのか、要するに何を基準にして自分をマッピングしているのか。そんな基準やマップを今は持ちづらいし「必要ないじゃん」っていう人もいるとは思います。でも、僕はそれをセルフメイドでもいいから持っていたいし、そのために参考にできることを探してもいます。
 もちろんそれはもう、イデオロギーなんてものじゃないだろうし、じゃあなにかのテクノロジーなのか、ツイッターやフェイスブックみたいなソーシャル・ネットワークになるのかは分かりませんけど。でも、そういった迷いも含めて表現していくことはできると思います。別に「こういうふうに生きるんですよ」って答えを出すことが芸術家の役割ではないですし。例えば地震で欝になって迷ってしまうとか、何か大きな力を前にして右往左往しているさまを見せることもひとつのあり方でしょう。だから僕としては、そういった現代の右往左往にどうリアリティをもたせるのか、それを探っていければと思っています。
 
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