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ベルント・シェーラー
Profile
ベルント・シェーラー(Bernd Scherer)
1955年生まれ。ザールランド大学で哲学博士号取得。「世界文化の家」ディレクター(館長・支配人)。1984年よりゲーテ・インスティトゥートに勤務し、同デュッセルドルフ事業所を経て、89年カラチ事務所長。94〜98年にベルリン「世界文化の家」に移り、文学・国際会議担当部長。その後ゲーテ・インスティトゥートに戻り、同メキシコ事務所長、ミュンヘン本部芸術交流部長を歴任。2006年1月より現職。

世界文化の家
The House of World Cultures
(Das Haus der Kulturen der Welt)

世界文化の家
「世界文化の家」は、ドイツ連邦政府(文化・情報省および外務省)およびゲーテ・インスティトゥートとの連携のもと、欧州圏外の美術、舞台芸術、音楽、文学、映画を紹介し、各芸術分野の現場および議論の両方のレベルで欧州文化との交流を深めていくことを目的とする活動を展開する組織。2007年8月には建物の大規模な改修工事を終え、新たな事業展開が期待される。
http://www.hkw.de/
Arts Organization of the Month






*ドクメンタ(documenta) ヘッセン州の古都カッセルで1955年に創設され、以後5年おきに開催されている大規模な現代美術展。先端の現代美術をあるテーマのもとに世界中から集めて紹介し、美術界の動向に与える影響は大きい。世界の数ある美術展のなかでも、「ヴェネチア・ビエンナーレ」などに匹敵する重要な展覧会の一つ。毎回1人のアーティスティック・ディレクターにテーマおよび参加作家選定の全責任が与えられる。第12回のdocumenta 12が2007年夏に開催される。
http://www.documenta12.de/aktuelles.html?&L=1
Presenter Interview
2007.5.24
As it prepares to reopen with a newly renovated building, Berlin's House of World Cultures is broadening its vision and role 
全面改修リニューアルと20周年を目前に控えたベルリン・世界文化の家の新基軸 
1989年に開設されて以来、ドイツ国内に向けて、非ヨーロッパ圏の文化を紹介する政府機関として多彩な文化プログラムを実施しているベルリンの「世界文化の家(HKW)」。今年8月、施設の全面改修を終え、再出発するHKWのディレクター、ベルント・シェーラー氏に新生HKWの事業について話を聞いた。
(聞き手:戸田史子 2007年3月14日 国際交流基金にて)


──世界文化の家(Haus der Kulturen der Welt: HKW)が開館した1989年は、ベルリンの壁が崩壊した歴史的にも重要な年です。その後の約20年は、ドイツの社会状況はさまざまな変化を遂げてきたことと思います。その点を踏まえ、世界文化の家の設立の目的、事業方針の変遷などを教えてください。
 欧州圏以外の文化をドイツに紹介する公共施設である「世界文化の家(以下、HKW)」の設立は、壁崩壊の前から構想されていたものです。これはとても大事な点で、ベルリンという都市のなかに非欧州諸国と文化的な「対話」を導こうとする発想は壁崩壊の前からありました。HKWが設立された1980年代には、ベルリン、さらにドイツ全土で、移民の増加を背景として“マルチカルチャリズム(多文化主義)“をめぐる非常にダイナミックな議論がなされていました。加えて、その頃にはドイツの文化施設・学術施設は、欧州圏内だけでなくアメリカなどとも非常に良好な関係にありましたから、非欧米社会との関係を積極的に築いていこうとする世界文化の家が開設されたのは自然な流れでした。
 HKWは美術館や劇場といった専門施設ではなく、建物は元会議場を改装したもので、設立当初から美術、舞台芸術、文学などすべての芸術ジャンルを扱い、学術的な会議も開催するなど多彩なプログラムを実施しています。開館当初は、途上国を中心とした非欧州諸国の展覧会やパフォーマンスを紹介していましたが、ベルリンに多く住んでいたラテンアメリカや地中海方面出身のアート関係者が主な観客であったため、HKWのミッションをより広く社会的に認知してもらうことが当時の大きな課題でした。
 90年代に入り、一口で言うとグローバル化時代を迎えて、HKWもそれに対応し、コンテンポラリー・アートに照準をあわせることにより世界の動きを体系的に提示しようと試み、同じベルリンにあるマーティン・グロピウス博物館(Martin Gropius Bau)やハンブルガー・バーンホフ美術館(Hamburger Bahnhof-Museum fuer Gegenwart-Berlin ベルリンの国立美術館群の現代美術部門として1996年に開館)などと連携しながら、現在まで挑戦を続けています。
 90年代により明確になったことのひとつが、世界に(欧米以外の)新たな中心が生まれたということです。それが中国、インド、もしくは日本のようなところです。私はメキシコの芸術状況に詳しいのですが、メキシコのアートなども90年代に入って国際的な評価を受けるようになりました。このように非欧州諸国は、政治・経済に加え、文化的にも大きな力を持つようになり、文化施設も数多く建設されています。これはダイナミックなシーンの変化が非欧州諸国の社会・文化に起こっているということであり、芸術文化全体の議論の在り方が変化したことを意味しています。壁の崩壊直後までは西ベルリンの“周縁”に立地していたHKWの建物が、崩壊後にはベルリンの“中心“に移転したように、館のテーマ(地域)もまた“周縁”から“中心”へと変わったということです。前回(2002年)のドクメンタ(documenta)(*)のキュレーターであるオクイ・エンヴェゾーOkwui Enwezor氏の「この国際的な議論(中心/周縁)は、ドイツにより強く波及してきている」という言葉を想起せずにいられません。同時に世界では、多数の現代美術家、文筆家、知識人が南部から北部へと移住しています。現在、アフリカで展覧会を企画すれば、アーティストの多くがパリやニューヨーク、ロンドンからやってくるという状況です。つまり、古い地図上の分布はもはや何の意味もなさなくなってきているのです。
 こうした状況を踏まえて、HKWの課題を新しく整理し直さなくてはならない時期にきていると思います。グローバル化した世界の問題に正面から取り組む文化施設として、これまでのようなテリトリー的な世界分布に倣うことなく、非欧州地域の発展に向けて各国のアーティストとの恊働作業を行いたいと考えています。
 HKWのもう一つの課題は、プロジェクトのテーマを組み立てる際、そのテーマが私たち個々人の生きている社会と明確な関係性を持つようにしていくことです。これが、テーマが異国趣味になることを避けるために非常に重要なポイントだと思っています。テーマや議論は、ドイツ社会、ヨーロッパ社会のなかのものとして扱われなければなりませんし、何かしら「異文化」的なものとして語ってはいけません。そこが大事です。仕事の仕方についても同じです。

──ドイツ連邦政府の国際交流機関には、HKWの他に80カ国に144の支部をもつゲーテ・インスティトゥートがあります。どのような役割分担になっているのでしょうか。
 ゲーテ・インスティトゥート(設立1951年)は、ドイツの文化を紹介するなどプロジェクトの比重をドイツ国外に置いた機関です。対して、HKWは今のところ、「新たな中心(非欧州地域)」のプロジェクトをドイツ国内へ向けてプロデュースする施設です。スローガンふうに言えば、ゲーテ・インスティトゥートはドイツの扉を世界に向けて開き、HKWでは世界の扉をドイツに向けて開く、ということになります。私たちは互いに補いあう関係であり、よく共同で仕事をしています。ただし、目的が異なるのでゲーテのプロジェクトをそのままベルリンに“輸入“するということはありません。ゲーテは非常に良質で局地的な情報を持っているので、私たちが企画を立ち上げる際の対象国についての情報収集などに協力してもらっています。

──近年の連邦政府の国際交流における文化政策の方針はどのようになっているのでしょうか。
 昨今のドイツ連邦政府の政策について一般的に言えることは、対外文化政策の重要性をより反映しているということです。ですからゲーテが大きなイニシアティブを握っているだけでなく、HKWも大きな役割を担っています。というのも、昨今の国際的な衝突のなかで、相互の根本的な理解を生み出すためには文化を中心に据えるべきだと認識されているからです。特に、非欧州諸国文化が周縁ではなく中心としてより大きな意味を持つようになり、こうした事実に対する人々の意識も高まってきました。また、イスラム文化圏の問題など、文化対立が政治問題化していることも影響しています。HKWとしては、これらの事象をテレビやインターネットなどのトランスナショナルに社会を繋ぐメディアを通して明確に分析することが重要になってきています。
 ただし、ドイツには“芸術と学問の自由”という理念がありますから、文化事業が政治の道具として利用されることはありません。社会のなかの個人や集団は表現の自由が認められており、そして連邦政府は彼らの国内外での活動を支援することが義務であると考えています。
 
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