The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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Presenter Interview
The Kunsten Festival des Arts, making Brussels a center generating new trends in contemporary art
現代アートの潮流を生み出す震源地 ブリュッセルのクンステン・フェスティバル・デザール
クリストフ・スラフマイルダー
──国際フェスティバル間では協力関係もある一方で、ライバル関係でもあります。今、そしてこれから、KFDAはどんなフェスティバルとネットワークを構築していこうとしているのでしょうか。
 まずKFDAはマルチ・ジャンルのフェスティバルですし、多種多様なアーティストと仕事をしていますから、そのプロジェクトによって様々な機関と協働することになります。ですから潜在的にとても幅広いパートナーとの協働が可能です。またフェスティバル開催時期が5月ということは、同時期に開催されるほかのヨーロッパのフェスティバルと連携し同じ作品を巡回させることもあります。ヨーロッパではフェスティバルに限らず劇場などとも連携します。ヨーロッパ以外では、例えば2008年にはシンガポールのアーティストを紹介するので、シンガポール・アーツフェスティバルとの共同制作を行います。こうしたパートナーシップは、むしろ作品ごと、プロジェクトごとの連携であり、恒常的なパートナーシップとは性格が異なります。先ほど申し上げたEUの助成金を受ける6つのヨーロッパのフェスティバル・ネットワークでは、企画の段階から一緒に考えます。その場合、6つすべてのフェスティバルが参加することは必ずしも条件ではなく、6つのうち3つのフェスティバルが参加すれば助成金を受けられる仕組みになっています。このシステムはネットワークの中にも各フェスティバルの自主性・独自性を担保するもので、非常にいいと思います。
 つまり、共同制作ネットワークの結果、各地で行われるフェスティバルのプログラムや取り上げるアーティストが似通って単一化してくる危険性も出てくるわけです。ですから、フェスティバル同士のネットワークは良いことですが、一方で各フェスティバルの独自性を保っていくことも必要だと思います。

──フェスティバルで世界初演、あるいはヨーロッパ初演を行うということは、KFDAにとってどういう意味があるんでしょうか。一般的に、世界初演を迎えることはある種の「名声」が伴うと考えられていますが。
 この質問に対しては、正直な返答と、不正直な返答、2種類あります(笑)。
 まず不正直な返答から。観客にとって、その作品が世界初演かどうかは、まったくもってどうでもいいことです。別の都市で先に公演されていようが、観客にとってはそんなことはどうでもいいわけですから、その意味ではフェスティバル・ディレクターである私にとっても自分のフェスティバルで世界初演を迎えることはそれほど重要なことではありません。
 次に正直な返答。とはいえやっぱり、世界初演はある種のプレミア感というか、「名声」が伴うものですし、その新作クリエーションの初演に立ち会うため、多くのプロフェッショナルやジャーナリストが海外からもわざわざ見に来てくれたりするわけですから、決してこの効果を低くみるわけにはいかないと思います。特に、こうした「名声」を評価の対象にする政治家や行政側に海外から多くの観客を動員できるという事実は、今後もフェスティバルを存続させていくための説得材料にもなりますから、私にとっては重要なものです。

──また初演を行うアーティストとの信頼関係を築く上でも意味がありますよね?
 確かにそうですが、良くあるのは、KFDAで世界初演をしたときはまだ十分に作品が完成していなくてイマイチだったのに、その半年後に別のフェスティバルで上演されるときはものすごく良く仕上がっていて・・・(笑)なんてこともあるわけです。こうした世界初演にまとわりつく矛盾とどう折り合いをつけていくかは難しいですね。作品が熟成するには時間が必要ですから。そして、また世界初演ということで観客の期待や好奇心は高いけれど、実際には未成熟の作品を観るということでは観客にとって非常に残念な話です。ですから世界初演というのは、いいことも悪いこともある、両義的な賭けのようなものだと思います。

──クリストフさんが2代目のディレクターとして目指す方向性やプロジェクトはどんなものでしょう?
 まずはこれまでの継続性というものをしっかり受け継ぐこと、と同時に、KFDAというものを、ひとつのプロジェクトとして捉えることです。KFDAはアプリオリに与えられた自明のものではなくて、ある時間とその連続性の中に位置づけられたプロジェクトです。ですから自分の役割は、フェスティバルの基礎となる哲学をしっかりと継承し、今日の社会の中で、芸術創造を共有すること、個々人の知性と批評性を発展させていくこと、他者と出会い自己を開いていくことを、問いかけていくことだと思います。これらがやはりフェスティバルの基礎となる哲学ですから。その上で、これらの思想をいかにプログラムの中に具体的に落とし込んでいくか、それが私の挑戦です。私はフリー・レイソンとはまた別の世代に属していますし、私なりのヴィジョンを私なりの色、私なりの道でプログラムに反映することが出来ると思います。
 自分がまったく関与していないプロジェクトだったら、完全にゼロから、自分自身からスタートしたほうが面白いのでしょうが、私の場合は既に2002年からフリー・レイソンと一緒にプログラムを担当していましたし、彼女から多くのことをゆっくりと時間をかけて引きついで、芸術的な選択もかなりの割合でゆだねられてきたので、私にとっては、これまでとこれからの間にそんな断絶があるとも思えないし、むしろこうした持続性はとても自然なものです。ですから、何か前代とのラジカルな断絶は必要ないと思います。そもそもKFDAは設立当初から常に変化・発展し続けてきたフェスティバルですから、私はこの持続性を大切にしたいと思います。
 具体的な変化としては、例えばフリー・レイソンは、どちらかというと地域や芸術的ボキャブラリーのまったく異なるアーティストの作品をいろいろ織り交ぜてプログラミングし、敢えてそうした異質なものの対峙を狙っていたところがありますが、私はあるラインというか方向性をもう少し明確に出していきたいと思っています。

──最後に、KFDAの歴史の中で、フェスティバルの価値や特徴を世界に向けて強く発信することに貢献した、象徴的なアーティストについて、何人か名前を挙げてご紹介ください。
 KFDAのかなり初期から何度も紹介し、しかも当初はまだそれほど有名ではなく、今や世界の大御所的な地位を確立したアーティストとしては、フォースト・エンターテイメントのティム・エッチェル 、ソチエタス・ラファエロ・サンツィオのロメオ・カステルッチ などでしょうか。それから、クリストフ・マルターラー は第一回のKFDAで初めてドイツ語圏から外に出たのですが、今やヨーロッパ演劇の巨匠の一人となりました。またアルゼンチンのアーティストともかなり多くの仕事をしてきて、特にエル・ペリフェリコ・デ・オブヘトス は何度もKFDAで作品を創作・発表してくれました。それから南アフリカのウィリアム・ケントリッジ もKFDAの常連ですが、我々が最初に彼に音楽作品を依頼したことがきっかけで、今ではオペラなども手掛けるようになりました。それから中東地域のアーティストもいます。レバノンのラビア・ムルエ はKFDAで三度ほど作品を発表し、今や世界のアートシーンの常連となりました。それからイランの若手演出家アミール・レザ・コーヘスタニ についても同様です。彼が2004年に「Dance on The Glass」という作品をKFDAで発表するまで、彼はまったく無名の若手でしたが、2007年の岡田利規同様、KFDA後にはオランダ・フェスティバルやフェスティバル・ドートンヌといったメジャーなフェスティバルでも紹介されるようになりました。こうしたアーティストにとってKFDAが世界的な活動へのスタート地点ともなりましたし、観客にとってもひとつの衝撃を与えたものでした。そして岡田利規も、私にとってはこの中の一人です。彼もまた、これからのKFDAの歴史に立ち会ってくれるアーティストの一人になってほしいと、心から願っています。
 
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