The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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Presenter Interview
The Playwrights' Center of Minneapolis, encouraging US-Japan theater exchange as a resource supporting the development of playwrights
劇作家育成の専門機関として日米の劇作家交流にも尽力 米ミネアポリスのプレイライツ・センター
プレイライツ・センター
「ポリー・カール」と日本語で書かれた「表札」とポリー・カール
プレイライツ・センター
「プレイライツセンターは、西洋文明において、最も重要な施設」という賛辞の張り紙
プレイライツ・センター
「生理用品、破り捨てたい台本のページなどの異物はながさないでください」。このようなユーモアのある注意書きや批評家や劇作家から寄せられた賛辞が施設内の壁のあちこちに貼られている
































































*12 ロザナ・スタッファ作『The Interview』を和訳した戯曲。川崎市アートセンターで2008年2月に松田正隆演出のステージ・リーディングとして上演された。
──日本では、「ステージ・リーディング」が一つの上演形態として随分さかんになってきています。ステージ・リーディングの意義と、本公演との違いについて話してください。
 ステージ・リーディングの一番のポイントは、役者が台詞を覚えることに時間を割かないことです。本公演やそのリハーサルでは、役者が台詞を覚える作業が芝居作りの一つの重要な要素ですが、ステージ・リーディングは違います。そのためには時間を使いたくない。戯曲を最高のものにするのが目的ですから。また、音響効果はどうするか、戯曲がインパクトを持つには、他に何が必要かも知る必要があります。もし、役者が台詞を覚えるのに時間を割いたり、テクニカルのキューを椅子に座って打ち込んだりすると、あっという間に4日ほど、すぐに使ってしまいます。私たちのステージ・リーディングは、本公演には必要な“Excess”(余剰)なしで、いけるところまで持っていく方法です。全てをかなぐり捨てて、PWCの仕事にとって一番大切なベーシックなものにするのです。

──「ステージ・リーディング」は、戯曲のディベロップメントの過程の一つの段階だという認識ですね。
 そうでうす。たとえば、薬品業界のリサーチ&ディベロップメント(研究と開発)を考えてください。パッケージをどうするかとか、マーケティングをどうするかではなく、どうやって病人を良くするかを研究、開発するのです。これは医薬研究の例ですが、芝居の場合も同様です。

──「ステージ・リーディング」は、一般の観客のためにも成り立つと思いますか?日本では、古典ものでも、新作でも、観客がステージ・リーディングに興味を持って劇場に足を運んでいます。米国ではどうでしょう?
 米国の演劇界は、芝居の観客に、ステージ・リーディングを未だしっかり売りこんでいないと思います。私のPWCでの10年間の経験では、観客はステージ・リーディングが大好きです。人気の理由の一つは、ステージ・リーディングというものが、個人の想像力をフルに使うことを認容するからだと思います。衣装も、セットもないのですから、観客がその芝居の世界を想像しなければなりません。観客はそこに魅力を感じるのです。ステージ・リーディングを一度経験すると、好きになる人が多いようです。PWCの観客の間では大人気です。劇場は満員になります。でも、一般の劇場や大劇場のプロデューサーは、観客がステージ・リーディングに参加したいということを理解していないようです。

──劇作家の中には、本公演ではなく、ステージ・リーディングの為に戯曲を書く人もいると聞きましたが、本当ですか?だとすると問題はありますか?
 アメリカ人の作家については本当だと思います。その理由は、新しい戯曲がプロデュースされることが非常に難しいからです。日本のように、自分で書いて、演出して、プロデュースするのではなく、ここでは、書いた後、誰かがプロデュースするのを待って、待って、待ち続けなければなりません。それに、米国の劇場は、新しい芝居の上演というリスクをあまりとりません。彼らがリスクをとるのは、ずっと低予算でできるワークショップやステージ・リーディングです。多くの劇作家は、劇場が戯曲を読んですぐ本公演をすると言うのではなく、まず、ワークショップかステージ・リーディングをしよう、と言うことがわかっています。自分の新作がそのような形で人にみてもらえることに慣れているので、作家がそれを念頭に作品を書くのは理にかなっていると思います。

──PWCの組織について話してください。
 PWCにはフルタイムスタッフが8人、パートタイムスタッフが4人います。私は、プロデューシング・アーティスティック・ディレクターで、芸術と運営両方のトップです。センターの規模がまだ小さかった時は、予算、契約、その他もろもろ、私がなんでも一人でやっていました。組織が大きくなり、今では、私が一番好きな芸術面に集中できるようになりました。マネージング・ディレクターが経済面の仕事をやってくれます。もちろん私も彼と一緒に仕事をし、組織全体を監督していますが、日々の運営に関わる諸件は、多くの部分を彼に任せています。その他、コミュニケーション・テクノロジー担当者、800人のメンバー達を担当するメンバーシップ専門のスタッフ、「ラボ」の進行を監督するドラマターグ兼演出家のマイケル・ディクソン、それから私のアシスタントという色々な顔ぶれのグループですが、やっている仕事から考えると組織自体はとてもスリムです。
 更に、年間、200人から300人の役者、40人から50人の演出家、約20人のドラマターグ、10人から20人のデザイナーを雇用していますから、PWCはミネソタ州でも有数の文化職雇用者です。年間の予算は年々増えていますが、現時点で約110万ドル(約1.2億円)で、その内の45万ドルはアーティストへ支払います。PWCの役割の一つは、芝居を作るだけでなく、アーティストに働く機会を与え、アーティストが食べて生活していけるようにすることです。連邦政府はあまりアーティストのサポートをしないので、助成財団からの資金が大半です。そのお金でアーティストの生活と健康をサポートするのも私たちの目的です。

──PWCには、通常の理事会(ボード)とは別に、ナショナル・アドバイザリー・ボードというのがあって多くの劇作家が名を連ねていますが、どのように機能するのですか?
 ナショナル・アドバイザリー・ボードは、米国のトップクラスの劇作家達から成ります。私にアドバイスを与えるのが主な仕事です。私のほうから何か相談した時に、動いてくれます。センターのことを高く評価して、プロモートするアンバサダー的な機能です。

──ポリーさん自身について話してください。大学では何を専攻し、どのような経緯でPWCのトップになったのですか?
 私は「社会論説の比較研究」というプログラムでPhD(博士号)を持っています。これは、文化研究と比較文学の学位です。専門はTextual Analysis(テキスト分析)で、芸術をどのようにその背景に位置づけるか学び、歴史という時間軸のどこに芸術的文章表現が位置するかを理解する学問です。博士論文は、主にパフォーマンス理論について書きました。学界に進もうと思っていたのですが、ある日、偶然にプレイライツ・センターと出会ってしまった。そして、ここは私の学位が実際に役に立つ、数少ない組織だと気付いたのです。PWCでは、芝居のドラマターグとして、多くの時間を作家との共同作業に費やします。私は、戯曲のテキストについて話し、演劇作品がどのような構造やテーマで機能しているか考えることがとても好きです。オーソドックスな演劇に関するバックグランドはありませんが、このような仕事をやりながらここまできました。学界で就職する前に、ちょっと息抜きのつもりでPWCに来て助成金の申請書を書いたのが98年のことでしたが、それから居座ってしまったんですね(笑)。

──学界と言えば、今でも大学で教えているのですか?
 今はスケジュールの都合で、あまり教えることができなくなりましたが、以前はミネソタ大学などで文化研究のコースを10年ほど教えていました。

──PWC以外で働いたことはありますか?
 ありませんが、80年代は随分、反核運動など政治的活動に時間を費やしました。でも、91年にPhDの勉強を始めてからは、ずっと学界か演劇界のどちらかにいます。フルタイムの政治活動家になるか、アーティストになるか、ずっと迷っていました。政治活動は大好きなのですが、結局、芸術家魂のほうが勝ってしまった(笑)。私の修士はPeace Studies(平和学)で、同僚たちはほとんど、国際関係やコンフリクト・レゾルーション(紛争解決)を研究していましたが、私はブレヒトやヘミングウェイをやって、社会正義問題を芸術面から研究していました。私にとって幸運なことは、米国の現代戯曲には、非常に政治的なものが多いということです。アーティストたちは自分の芝居を媒介に政治について意見します。私は、自分のActivism(政治的行動主義)が、政治的な演劇作品をプロモートし、後ろ盾する形で発揮できていると思います。

──日米劇作家交流事業で日本に紹介した戯曲『インタビュー』(*12)は、その好例ですね。イラクで誘拐されたアメリカ人ジャーナリストの話で、日本では2008年2月に松田正隆演出のステージ・リーディングとして上演されました。
 そうです。私達が皆、イラクにいって戦争に反対するわけにはいかないのですから、芸術という表現があることを神に感謝しなければなりません。『インタビュー』は、非常に無駄のない、テンポの速い、感情に突き動かされる作品です。そして、作品中に、人と人との繋がりに気づかされる瞬間があります。それこそ、国境と言葉を越えて翻訳ができることです。私達がどんなに違っていて、共通点が少ないか─言葉が違う、思考方法が違う、感覚が違う―それでもなお、人間同士がコネクトできる基本的な道があることを信じなければなりません。作品の中で、イラク人医師とアメリカ人ジャーナリストが「私たちには共通するものがある」という個人的感覚を理解する瞬間があります。私たちは、それを見つけなければなりません。米国がイラクから撤退するにも、私たちの住む世の中がもっと平和になるのも、それを理解できるかどうかにかかっています。その共通するものを探さなければなりません。
 私たちは、翻訳作業で、それをしていると思います。共通するものを探すために、多くの時間をかけてきました。共有しているものは何か?どうやってコミュニケートするのか?どうやって理解するのか?でも、ご存知の通り、本当に時間がかかります。アメリカの政治家たちは、そのように時間をかけて仕事をしたがりません。それに対して、アーティストたちは、このような時間をとることこそが仕事だと思います。それは、とても美しい仕事のやり方だと私は思います。

──そしてPWCが、その仕事をサポートするのですね。
 そうです。私たちのしている最も大切なことの一つ、それは、アーティストに創造のための時間を与えることです。
 
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