The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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笹目浩之
(c) Poster Hari's Company
笹目浩之(ささめ・ひろゆき)
株式会社ポスターハリス・カンパニー代表取締役
http://posterharis.com/


劇団状況劇場『腰巻お仙 忘却篇』
(1966年/デザイン:横尾忠則)
腰巻お仙


*1 日本宣伝美術会
通称:日宣美(Japan Advertising Artists Club:JAAC)。1951年設立された戦後日本の近代デザインをリードした職能団体。原弘、亀倉雄策など各企業の有力デザイナーたちが参加し、公募展の日宣美賞などにより多くのデザイナーを輩出するとともにデザイン史に残る名作を生み出した。権威主義が批判され、1970年解散。


演劇実験室◎天井棧敷
『書を捨てよ!町へ出よう!』

(1969年/デザイン:及川正通)
書を捨てよ!町へ出よう!
演劇実験室◎天井棧敷
『毛皮のマリー フランクフルト公演版』

(1969年/デザイン:宇野亜喜良)
→日本の現代戯曲データベース
毛皮のマリー
演劇実験室◎天井棧敷
『犬神 フランクフルト公演版』

(1969年/デザイン:粟津潔)
→日本の現代戯曲データベース
犬神


*2 三沢市寺山修司記念館
1997年開館。寺山修司の母はつより三沢市に寄贈された遺品を保存公開するための施設。粟津潔のデザインを元に、九條今日子をはじめとする元天井棧敷のメンバーなど数多くの関係者のアドバイスにより設計。株式会社テラヤマ・ワールドが指定管理者として運営。
http://www.terayamaworld.com/kinen/
寺山修司記念館
Presenter Interview
2010.1.15
Another aspect of Japanese theater communicated through posters 
ポスターが伝えるもうひとつの日本演劇 
1960年代後半から80年代前半にかけて、日本では実験的で挑発的なアングラ演劇が時代をリードした。そのポスターをデザインしたのが、若き日の横尾忠則、粟津潔、宇野亜喜良など後の日本を代表するアーティストたちで、演劇と不可分の表現となった彼らのポスターは日本のグラフィックデザインの世界を革新していった。こうした日本の現代演劇を語る上で欠くことのできないポスターの収集・保存・公開するプロジェクトを手がけているのが、ポスターハリス・カンパニー代表の笹目浩之である。60年代から現在のものまで、収集点数は約1万種類・2万点以上。これまでに国内外50カ所以上で「現代演劇ポスター展」を開催し、2004年にはアングラ演劇の傑作ポスター100点をセレクトした写真集「ジャパン・アヴァンギャルド〜アングラ演劇傑作ポスター100」を出版。また、2009年9月からはマンションの一室を改造したポスターハリス・ギャラリーでコレクションの一部を定期的に公開する展覧会シリーズをスタート。ポスターを通じて日本の現代演劇を紹介してきた笹目氏に、プロジェクトを立ち上げた経緯、現代演劇のポスターの変遷などについて聞いた。
(聞き手:坪池栄子)


1万種のコレクションを誇る「現代演劇ポスター収集・保存・公開プロジェクト」

──今どのくらいのコレクションがあるのですか?
 きちんと数えたことはないのですが、1万種類以上、点数で言うと2万点以上はあると思います。今も毎年500種類ずつ増えています。貸し出し依頼も多いので、15年ぐらい前からパソコンで簡単なデータ管理をしているのですが、データ化されているものだけで約8,000種類、画像データが約1,000枚。データには、デザイナー名、劇団名、作品名、劇作家名、演出家名、主な出演者名、初演年月日、会場名、それから備考で花とか女とか絵柄の特徴が入れてあります。

──その中の重要なコレクションと言えるのが、今では美術的にも高く評価されている寺山修司さんの天井棧敷や唐十郎さんの状況劇場など、1960年から80年にかけてのアングラ演劇のポスターです。
 そうですね。有名な横尾忠則さんの『腰巻お仙―忘却編』(状況劇場/1966年)のポスターが1970年にはニューヨーク近代美術館のパーマネントコレクションになっていますし、アングラ演劇のポスターには美術的に高く評価されているものが多数あります。これらは、日本のポスター史のなかでも時代を象徴する画期的な作品群に位置づけられています。1989年に名古屋で開催された「世界デザイン会議」に併せて「日本のポスター史 POSTERS JAPAN 1800's〜1980's」という、江戸時代からの宣伝美術を概観した貴重なポスター集が刊行されましたが、その中でも「アンダーグラウンドの衝撃(The Impact of the Underground)」というタイトルで取り上げられています。
 そういう代表的な作品はほとんど収集しています。そのほかに、これまでは公開していなかったのですが、東京オリンピックなどのポスターをデザインした亀倉雄策さんや田中一光さんなど、戦後の広告をリードした日本宣伝美術会(通称:日宣美)(*1)を代表するデザイナーのポスターもかなり集めています。そういう貴重なものは、全部で500種類ぐらいあるのではないでしょうか。

──ちなみに、笹目さんのプロジェクト以外で、現代演劇のポスター収集をしているところはありますか。
 アングラ演劇のポスターについて言うと、当時の代表的なデザイナーのひとりである及部克人さんが教授をされている武蔵野美術大学美術資料図書館にコレクションがあります。早稲田演劇博物館の資料の一部にも現代演劇ポスターがありますね。商業広告のポスターとしては富山県立美術館が充実したコレクションをもっています。

──なぜ「現代演劇ポスター収集・保存・公開プロジェクト」を立ち上げたのか、その成り立ちを教えてください。
 僕は、現在、演劇、映画、コンサート、展覧会などのポスターを飲食店や劇場、美術館などに配布する仕事を専門にした「ポスターハリス・カンパニー」という会社を経営しています。演劇の制作現場で雑用扱いされていたポスター貼りをスタッフとして堂々とポスターに名前が載るような仕事にしたいと、その地位向上を目指して1987年に設立しました。
 それで現代演劇を中心にポスターが継続的に手元に集まるようになったんです。当時は、会社が長続きすると思ってなかったし、10年ぐらいやって最後に展覧会でもできればいいなというのと、子どもの頃から紙ものを捨てられない性格だったので、配布した残りをそのまま保存していました。
 それが、92年にたまたま青山のギャラリーから頼まれて、初めてのポスター展「ウルトラ ポスター ハリスター コレクション展」をやったわけです。ポスター貼り10周年を記念して開催したのと、ちょうど人気劇団の夢の遊眠社が解散したタイミングだったこともあって、新聞や雑誌が記事で取り上げてくれて3,000人も集客した。その時に映画だとフィルムセンターや川喜多記念映画文化財団など、ポスターの保存をしている公の機関があるのに、現代演劇にはそうした機関がないことを実感した。若気の至りで、ポスター貼りをビジネスにしている僕が収集施設をつくらなければといけないと、資金もないのに使命感に燃えてしまった。
 それから劇場関係の人にポスター収集を始めますと宣言して、公演と平行して新しいポスターを意識的に集め始めました。権利の問題が発生する可能性もあったので、綿密にプランを練って、「ポスターは宣伝するために生まれてきたのだから、壁に貼られた使用済みのものこそ保存すべきだし、それなら問題になることも少ないのではないか。画鋲の穴はポスターとして生きた証だ」と、一度劇場に貼ったものを回収する方法をとりました。それから、ポスター展は基本的に入場料無料で公開し、貸し出しの場合は実費程度、有料出版物に利用する場合のルールづくりも行いました。アングラ演劇時代のポスターについても、それまでもっていたものに加え、購入する、寄贈してもらうなどして、個人的に収集しました。それから色々なところでポスター展もやるようになりました。
 保存するのにも資金が必要だし、私的なプロジェクトとして取り組む範疇を越えてきたため、セゾン文化財団から助成(3年間で計300万円)を受けるのを機に、94年に「現代演劇ポスター収集・保存・公開プロジェクト」を正式に立ち上げました。プロジェクトの理念は、「世界中の舞台芸術に関するポスターの収集・保存・公開」と、僕がポスターハリス・カンパニーの理念としても掲げている「宣伝美術からの演劇の活性化」です。

──新国立劇場が始めたポスター収集活動にも笹目さんは協力されています。
 新国立劇場は1996年に開館しましたが、付属情報センターでこうした現代演劇の資料収集を行いたいという相談があり、98年から共同でポスターを保存・公開するプロジェクトを始めました。これは新しいものばかりを集めるプロジェクトで、全国の2,000ぐらいの劇団や劇場に呼び掛けて収集を行い、毎年500枚のポスターを選んで保存し、その内の80点を掲載した図録を作成しています。
 公の機関が現代演劇のポスター収集をやるべきだと考えていたので、新国立劇場という国の機関がポスター収集に着手してくれたのはとても嬉しかった。今は新国立劇場の倉庫に5,000種ぐらいコレクションが収蔵されているはずです。舞台芸術のポスター・デザイナーに日が当たる機会もないので、彼らにとってもとても励みになっているようです。こういうことが「宣伝美術を通じた演劇の活性化」にも繋がると考えています。しかし、担当者や体制が変わり、当初の理念が薄れて予算の確保も難しくなってきています。何とか継続できればと願っています。
 右も左もわからないまま、30歳の時に志だけでポスター収集を始めたのですが、演劇が滅びるまでやり続けなくちゃいけないことに関わってしまったんだなと1、2年して気づきました。その上、2009年4月から三沢市にある寺山修司記念館(*2)の運営を、寺山さんの元奥さんで天井棧敷のプロデューサーだった九條今日子さんと一緒にやることになった。現代演劇のポスターと寺山修司という、どちらも下ろすことができない二つの十字架を背負った感じです。
 
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