The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
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カティア・アルファラ
(C) Elina Giounanli
Profile
カティア・アルファラ
Katia Arfara

2010年からオナシス文化センター演劇・舞踊部門芸術監督。アテネ大学でギリシャ文学および演劇学を専攻。演劇史の修士号をアテネ大学で取得した後、パリ第一大学で美術史の博士号を取得。2014年に自ら創設したファスト・フォワード・フェスティバルの芸術監督も兼務。セゾン文化財団の招きで2016年6月から1カ月間にわたって東京に滞在。
オナシス文化センター
Onassis Cultural Centre

http://www.sgt.gr/eng/
*ファスト・フォワード・フェスティバル
Fast Forward Festival
2014年にスタートし、毎年5月に開催されている総合現代芸術祭。ギリシャ国内外のアーティストにリサーチに基づいた、アテネの中心および周辺部のパブリック/プライヴェート/セミパブリックな空間におけるサイト・スペシフィックな作品を委嘱している。美術と舞台芸術とが交差する地点で領域横断的な独自の作品創作の手法を展開し、ソーシャリー・エンゲイジド・アートの様々な形式を掘り下げ、社会、経済、イデオロギーに関わる諸問題についてのパブリックな議論に寄与している。2015年以来、高山明、藤井光、Chim↑Pomらのアーティストが日本から参加している。
*藤井光
1976年生まれ。美術家、映像作家。パリ第8大学芸術・哲学・美学学部DEA課程修了。芸術は社会と歴史と密接に関わりを持って生成されているという考えに基づき、綿密なリサーチやフィールドワークを通じて既存の制度や枠組みに対する問いや社会問題を実証的に検証し、映像インスタレーションとして発表。日本人アーティストの国際的な活躍を支援する「日産アートアワード2017」グランプリ受賞。
*『東京ヘテロトピア』
「東京の中の異郷」にフォーカスし、宗教施設、モニュメント、難民収容施設跡地、エスニックレストランなどの訪問地を、FMラジオを手にした参加者が巡り、作家が書き下ろしたテクストを聞きながら、東京とアジアの歴史や現在について思いを馳せるプロジェクト。
Don't Follow the Wind
Photo: Andreas Simopoulos
Don't Follow the Wind Don't Follow the Wind Don't Follow the Wind
*「X−Apartments Athens」
マティアス・リリエンタールのコンセプトによって2002年から世界各地で行われている「X-Apartments」(現実の住居などを舞台にしたパフォーマンスを観客が2人組になってまち歩きしながら巡る領域横断的プロジェクト)。2015年の第2回ファスト・フォワード・フェスでは、カティア・アルファラとアンナ・ミュルターの共同キュレーションにより移民が多く住むキプセル(Kypseli)地区と、新しい街と古い労働者階級の居住地が交錯するラリシス(Larisis)駅周辺地区という2つのエリアにある1950年代〜60年代の古い建物で展開。15人の参加アーティストの一人である高山明の招きで、東京都内の公園でホームレスを続けながら、自分のテント前で物々交換のカフェ「エノアール」を運営しているアーティスト、小川てつオが参加。高山はX-Apartments Athensの一環として、国鉄アテネ中央駅隣の新駅工事現場で、アテネの元ホームレス二人と小屋をつくるプロジェクトを展開し、アテネと東京におけるホームレス生活の様々な側面を浮かび上がらせ、支配的な生活モデルとの関係を問い直した。
Presenter Interview
2018.10.15
Onassis Cultural Centre-Athens Catalyst on Greece’s Contemporary Arts Scene 
ギリシャのコンテンポラリー・シーンの起爆剤 アテネ・オナシス文化センター 
海運王のアリストテレス・オナシスの遺言により、飛行機事故で急逝した息子アレクサンダーが相続するはずだった遺産を基に1975年に設立されたオナシス財団。この巨大財団が2010年にアテネに開設したのが、複合文化施設・オナシス文化センターだ。メインホール(880席)、小ホール(220席)、展示ホール(600m²)、野外劇場などがあり、2014年から街中に会場を広げたファスト・フォワード・フェスティバルを開催。2017年には日本の現代社会を象徴するアーティストを招いた特集をプログラムし、高山明による『ピレウス/ヘテロピア』を世界初演。ギリシャのコンテンポラリーを刺激するオナシス文化センターとフェスティバルについて、演劇・舞踊部門芸術監督のカティア・アルファラ氏にインタビューした。
聞き手:藤井慎太郎[早稲田大学教授]

──最初に、ここに至るまでのアルファラさんの経歴について教えてください。
 もともとは古典的なギリシャ語文献学と演劇を学んでいました。その後、演劇学の修士号を取得し、フランスに留学して、パリ第3大学の演劇学科の協力も得ながら、2006年にパリ第1大学の美術史学科で博士号を取得しました。博士論文の内容は、「演劇性」をキーワードとして、北米とヨーロッパにおけるパフォーミング・アーツとヴィジュアル・アーツの関係を読み解こうとするものでした。アラン・カプロウ、ジョン・ケージ、ジャドソン・ダンス・シアターらの1960年代の前衛芸術、ハプニング、パフォーマンス、そして1980〜90年代におけるジェフ・ウォール、シンディ・シャーマン、トニー・ウルスラー、ウースター・グループ、ヤン・ファーブル、ロメオ・カステルッチの領域横断的な芸術を論じました。パフォーミング・アーツとヴィジュアル・アーツ、理論と実践の間を行き来するものでしたが、それは現在の私の興味とも重なっています。
 博士課程を修了してから、フランクフルト大学のハンス=ティース・レーマン教授のもとでポスドクの研究を続けながら、パリの第1大学美術史学科、第3大学演劇学科などで教鞭を執っていました。研究職に就くことを考えていたのですが、10年ほどパリに滞在した頃、大きな転機が訪れました。オナシス財団が文化センターを設立することになり、演劇・舞踊部門のディレクターを募集したのです。それでそこに応募し、選ばれました。まだセンターが準備段階にあったときからスタッフに加わりました。

──オナシス文化センターがオープンするまでは、ギリシャの現代演劇はどのような状況にあったのでしょうか。
 アテネは数多くの劇場と非常に活発なインディペンデント・シーンを擁する演劇都市です。演劇の公的制度についていえば、アテネにあるギリシャ国立劇場、テサロニキにある北ギリシャ国立劇場があり、いずれもレパートリー制を採る劇場です。1955年以来、毎年夏季に開かれているアテネ・エピダウロス・フェステイバル、ギリシャ南部で開催されているカラマタ国際ダンスフェスティバル、テサロニキで開催されているディミトリア・フェステイバル、アテネで開かれる実験的なMIRフェスティバル、さらにいくつかのフェスティバルがあります。
 2006年にヨルゴス・ローコスがアテネ・フェスティバルのディレクターに就任して以来、国際的な交流も活発化しましたが、ギリシャの舞台芸術はわずかな例外を除いてほかのヨーロッパ諸国ではほとんど知られていませんでした。そこで、オナシス文化センターがオープンしてからまず試みたのは、作品の創造・制作・輸出の拠点としてアテネ/ギリシャとヨーロッパ/世界とをつなぎ、ギリシャのアーティストを国外に紹介し、共同制作のパートナーを見つけ、自らも舞台芸術のヨーロッパのネットワークの一員となることでした。そうしたパートナーの名前を具体的に挙げれば、フランスではパリ市立劇場、オデオン国立劇場、アヴィニョン演劇祭、フェスティバル・ドゥ・マルセイユ、ドイツではベルリンのHAU、ハンブルクのカンプナーゲル、フランクフルトのムゾントゥルム、また、オランダ・フェスティバル、グロニンゲンのノーダーゾン、ユトレヒトのスプリング・フェスティバル、ブリュッセルのクンステン・フェスティバル・デサール、ロンドンのサドラーズ・ウェルズおよびバービカン、スイスではカゼルネ・バーゼルやチューリヒのテアタースペクタクルなどがあります。さらにラテン・アメリカ、中東諸国、アメリカ合衆国、日本を含むアジアの諸国、特に東南アジア諸国まで、パートナーシップは広がっています。

──オナシス文化センターがオープンした頃は、欧州委員会がギリシャの財政赤字の隠蔽を明らかにしたことがきっかけとなり、ギリシャ国債が暴落するなど、ギリシャが金融危機に見舞われたのとほぼ同時期でした。IMF・EUによる支援が決定されましたが、その一方でギリシャ政府に対して、増税や超緊縮財政などが求められました。国の文化政策にも大きな影響があったと思いますし、オナシス文化センターも例外ではなかったのではないでしょうか。
 2008年のリーマン・ショックに続いて、2009年の政権交代を機にギリシャ危機が生じました。2010年という、危機がまさに顕在化しようとする時期にオナシス文化センターはオープンしたわけです。ギリシャ社会が根本から揺さぶられる中、オープンと同時に明確な芸術的ヴィジョンに基づいたプログラムを積極的に展開することを迫られました。
 ギリシャ文化省による文化政策は、そもそもコンテンポラリー・アーティストに対する支援が充実していたともいいがたいものでしたが、危機以降はアーティストに対する助成金が数年間にわたってカットされ、現在では復活したとはいえ大幅に削減されたままです。しかし、オナシス財団と文化センターは100%民間組織であり、国の支援はまったく受けていません。私たちの観客、パートナー組織、そして私たちを取り巻く文化・社会的環境は国の緊縮財政の影響を大きく受けているので、影響が全くないとはもちろんいえませんが。ただ、ギリシャ危機がギリシャの社会や文化に与えた影響は甚大である上に複雑なので、この場で単純化して話すことも控えたいと思います。

──オナシス文化センターの2017-18年シーズンでは、ジョエル・ポムラの『うまく行くさ(I) ルイの最後』、ロベール・ルパージュの『887』、アラン・プラテルの『Lのためのレクイエム(Requiem pour L.)』、アクラム・カーンの『XENOS』(註:「外国人、他者」を意味し、オナシス文化センターで2018年2月に世界初演された)ら、国際的に高い知名度を誇るアーティストの作品がプログラムされています。文化センターだけでなく街中を主な会場にして展開するファスト・フォワード・フェスティバルでは藤井光のほか、ワリッド・ラード、ラビア・ムルエ、マーク・テ、ホー・ツーニェンら、ドキュメンタリー演劇的な手法を採る、日本でもよく知られたアーティストが起用され、サイト・スペシフィックな展示も多く含まれています。プログラミングの方針について聞かせてください。
 2017年シーズンについては、チーム全体として「歴史、考古学、記憶、アイデンティティ」をテーマにしようと決めました。その文脈において、私たちが行っている実験とギリシャ悲劇との関係を考え直し、はじめてギリシャ悲劇も上演しましたし、ジョエル・ポムラの『うまく行くさ』はフランス革命の記憶に、アクラム・カーンの『XENOS』は第一次世界大戦の記憶に関わる作品です。
 ファスト・フォワード・フェスティバルに関しては、それをさらに広義の考古学へと展開して、羊皮紙(註:様々なテクストが書き込まれては消され、さらに書き込まれた)として2018年は「考古学」をテーマに掲げました。今日のアテネという都市の表層の下には、目に見えなくなったたくさんの古層が存在しています。そうした古代・現代の歴史の諸層を掘り起こし、過去についてオルタナティブな歴史の語りを提案し、現在について批評的に見つめ直すことを考えました。
 フェスティバルの企画の半分以上はアーティストに直接委嘱したもので、リサーチに基づき、サイト・スペシフィックな性格を帯びています。それぞれの企画にドラマトゥルクを置くようにし、異なる領域の研究者からなるチームを結成し、アテネの複数のコミュニティと政治的な力学に配慮しながら、そうしたコミュニティや専門家のもとを実際に訪ね、多様な対話と交渉を通じて、時間をかけて作品をつくっていきます。外部から招いたアーティストをアテネの混沌の中に放り出すわけにはいきませんから、ドラマトゥルクや研究者をパートナーとして、アーティストをサポートする体制を整えます。ファスト・フォワード・フェスティバルはチーム・ワークの賜物です。
 それと並行して、作品の求めに応えられるような、会場となるべき空間を探します。作品そのもののドラマトゥルギーだけでなく、場が持つドラマトゥルギーも重要だからです。ミクロからマクロまで、様々なレベルのドラマトゥルギー/キュレーションに関わる決定を通じて、作品のドラマトゥルギーが生まれます。フェスティバルのすべてのプロジェクトは、直接/間接に互いに水平的に結びつくことでハイパー・ドラマトゥルギーを生み出します。フェスティバルのキュレーションのアプローチはそこに依拠しています。そこにあるのは、ジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリが述べた意味における、あらゆるヒエラルキー的な組織と直線的な語りを超えた地平にある「リゾーム(rhizome 地下茎、根茎)」のような複合的構造です。

──私も今回のフェスティバルを拝見しましたが、確かに、それぞれがすぐれた作品として自立しながら、互いに響き合ってさらに大きな意味を生み出していたと思います。非常に丁寧に企画され、充分な時間と労力をかけて実現に至ったのであろうことが強く実感されました。通常だと、劇場の方が時間をかけて作品を制作し、フェスティバルはそうした作品を各地から買い付けてきてそれを紹介することの方が多いと思いますが、ファスト・フォワード・フェスティバルはそれとは逆のように思われます。
 リサーチにこれだけの大きな時間と労力を割くことができるのは、われながら贅沢だと思います。その分、負担も大きいですが! ファスト・フォワード・フェスティバルは主に都市空間において展開するハイブリッドなフェスティバルです。したがって、フェスティバルのキュレーターとしては、正解とされるコンセプトや方法をあらかじめ想定・前提して、それを現実にあてはめて応用していく、というやり方ではすぐにうまくいかなくなります。アーティスト、研究者、当事者との時間をかけた思考と対話を通じて、その都度、正解と思えるような方法を模索して、選びとっていく他ないのです。そのような時間をかけた有機的なプロセスからこそ、真の意味で芸術的挑戦といえるような、より幅広く社会と結びつきうるような成果を生み出すことができるのです。
 ファスト・フォワード・フェスティバルのささやかな野心とは、芸術作品を市民にただ見せるのではなく、敢えて劇場の外に出ることによって、アテネという都市に対して芸術を開き、芸術と社会と政治の関係、芸術と都市を取り巻く政治力学について批評的に考えさせることです。フェスティバルとは、私にとっては包含的で開かれたプラットフォームであり、アテネという都市・共同体について市民がこれまでとはちがう見方をすることを呼びかけるものです。劇場の外に出るというのは、言い換えれば、都市空間、公共空間へと芸術を開くことなのですが、それによって、芸術を「公共空間(pubilc space)」の一部とする以上に、芸術の社会的役割を問い直す「公共圏(pubilc sphere)」の一部とすることを目指しています。人々がアテネの社会に向ける視点をずらし、まったく新しい視点から、私が「外部者のまなざし」と呼んでいる視点からアテネを経験できるようになることが極めて重要だと考えています。
 フェスティバルでは意識的に都市を構成するネットワークの中に入り込んでいきます。遺産をテーマに掲げた今年は、国立図書館旧館、アクロポリス博物館、国立劇場、アテネ大学法学部図書館といった、今回のフェスティバル会場となった文化施設のみならず、ほかの機関・学校・コミュニティとも協働しました。またそこでは周縁化されているコミュニティ、移民・難民のコミュニティに格段に配慮しました。ギリシャは西欧諸国と異なり植民地主義の歴史を持たないので、かつてなら、建国以来存在しているマイノリティ集団を除けば旧植民地出身の移民コミュニティもなく、白人・キリスト教徒から構成される均質なコミュニティを想定することもできました。しかし、もはやはるか前からそれは過去の話になっています。今日のアテネは、多様なコミュニティからなるだけでなく、ウルトラナショナリストの政策を掲げ、移民排斥と人種差別を掲げて国会の第3政党になった極右政党(註:「黄金の夜明け」(Golden Dawn))さえ存在します。それが現実です。アテネの都市風景において芸術と文化のために活動する以上は、このようにミクロのレベルからマクロのレベルまで存在しているポリティクスのすべてを考慮に入れなければなりません。

──藤井光さんに委嘱された映像インスタレーション作品『The Primary Fact(第一の事実)』は、2016年に80体ほどの白骨遺体が発見された「事件」に着想したものです。これは、古代ギリシャのアテネの貴族キュロン(Cylon of Athens)が僭主の座を奪おうと起こした反乱(BC632頃)の際に処刑された若者たちのものと言われています。とてもよく考えられた素晴らしい作品で、「考古学」をテーマとした今回のフェスの成功を象徴していたように思います。
 そうですね。反乱を企てたとされるキュロン本人は逃亡したものの、取り残された仲間たちは正当な裁判を受けることなく処刑されたとされていて、白骨遺体は彼らのものではないかと言われています。その後、前6世紀のソロン(Solon)の改革などを経て、アテネに民主主義が誕生する原因になった事件です。この考古学的発見を生と死、政治と民主主義、歴史と現在が交差するところにある問題だと考えて、提案してきたのは藤井光さんの方でした。
 会場に選んだのは、かつてアテネ大学の化学学科の実験室があった建物です。改装されることなく廃墟のように過去の実験設備が残ったままの最上階を展示スペースにしました。この最上階を除き、現在、ここはアテネ大学法学部図書館になっています。この最上階を展示スペースへと生まれ変わらせました。今日の考古学的調査は多分に化学的分析と関わっていますし、キュロンの反乱は民主主義の誕生、法の支配とも関係しますから、まさにうってつけの場所でした。考古学者のステラ・クリスラキ、ギリシャの振付家との協働作業を通じて、若者たちが処刑される状況を、考古学・文化人類学的調査に基づいて再現したリイナクトメント(再演)を含む作品です。
 こうしたギリシャの歴史に関わる作品をなぜギリシャ人アーティストに委嘱せず、外国人に委嘱したのか、との議論も起こりました。2017年に複数の日本人アーティストを起用したときには生じなかった問題です。でも、なぜかといえば、外国人であるからこそ、ギリシャ人が持ち得ない対象との距離をとって、ギリシャ人にはできない表現を生み出すことが可能だからです。仮にギリシャのアーティストに委嘱していたら、タブーとステレオタイプを乗り越えて、このように「臨床学的」で中立的なアプローチに基づいて、自由に「発掘」することはできなかったでしょう。この作品は、さっきお話しした「外部者のまなざし」の重要性をまさに証明していると思います。

──このように社会の内側に入り込むことを必要とする作品は、外国人であるアーティスト単独では決してつくりえなかったと思います。時間をかけながら、様々なコミュニティとの対話を通じて、チームとして作品をつくっていくというフェスティバルの方法論が功を奏した結果だと思います。
 外国人に限らず、ギリシャ人アーティストだって社会の内側に入り込んでいくのは、とっても大変です。逆にもっと大変かもしれません。

──ギリシャは物価水準が相対的に低いとはいえ、ファスト・フォワード・フェスティバルの入場料が最大でも10ユーロ(約1,300円)と非常に安いことにも驚かされました。
 西欧の都市に比べたら、アテネの入場料はもともと安いですが、こうした意図から、フェスティバルでは通常よりもさらに入場料を低く抑え、相当数の企画は無料で参加できるようにしています。

──民間の組織であるオナシス財団/文化センターが、これだけ「公共(publicness)」を深く意識した活動を展開し、かつ芸術として成立させることに成功しているのは素晴らしいことだと思います。これだけのアーティストを国外から招聘し、作品を委嘱するには相当な予算が必要です。
 予算については公表していません。莫大な金額ではありませんし、協働するパートナー組織に敬意を払ったかたちで、細心の注意と確かな見識をもってマネジメントされています。公的支援を受けている劇場であれば、当然、事業報告書を公開し、会計も透明化することが義務づけられていますが、私たちは民間組織なので。

──スタッフの人数と組織についても教えてください。
 文化センター全体だと100人を超える常勤職員を雇用しています。その他に時期によって臨時に雇用されるスタッフがいます。制作、広報、マーケティング、教育普及を担当するスタッフは、演劇・舞踊部門専属というわけではなく、音楽やその他のイベント部門とも共通しているため、演劇・舞踊部門だけとりだすのは難しいですね。

──昨年の日本特集は残念ながら見ることがかないませんでしたが、ちなみにアテネではどのように受け止められたのでしょうか。
 最初に断っておきたいのですが、私が招いているのはアーティストであって国ではありません。過去2回のフェスティバルにおいて日本のアーティストの存在が目立っていたとすれば、それは彼らの実践に対する私の関心、そしてファスト・フォワード・フェスティバルのキー・コンセプトと彼らの結びつきによるものです。2017年のフェスティバルは強制的な移住と国を喪失することをテーマとしていました。その文脈において、高山明さんの『ピレウス/ヘテロトピア(Piraeus/Heterotopia)』(『東京ヘテロトピア』を下敷きにした作品)、藤井光さんの映像作品『ピレウス/ヘテロクロニア(Piraeus/Heterochnonia)』、Chim↑Pom、窪田研二、エヴァ&フランコ・マッテス、ジェイソン・ウェイトがキュレーションした『Don't Follow the Wind』(註:福島第一原発周辺の帰還困難地域内で現在も開かれている、実際に訪ねることができない展覧会)をプログラムしたのですが、大きな冒険であるとともに、きわめて大きな成功でした。ギリシャ側のチームとの協働作業もうまくいきましたし、観客からも好評でした。高山さんと藤井さんは、ピレウスの港湾地区とドラペツィオナ地区の重層的な移民の歴史に焦点を当て、オモニア広場というアテネのセンシティブな中心と港をつなぎ、かつて古代にアテネと港を隔てるとともに結びつけていた壁を象徴的に再構築しようとしました。既成概念を覆して見せることがファスト・フォワード・フェスティバルの目的のひとつである以上、こうした場所と経路を選んだこともこのプロジェクトの成功の一因だったと思います。『Don't Follow the Wind』は、小泉明郎、竹内公太らに新作を委嘱し、原発事故とほぼ同時期に打ち棄てられたホテルを会場として行われ、福島、シリア、アテネから当事者を招いて、移住を強制された人々のフォーラムを開催しました。

──こうした日本人アーティストとの出会いは、2016年6月にセゾン文化財団のヴィジティング・フェローとして東京に1カ月間滞在した経験が大きかったのでしょうか。
 セゾン財団には高山さんとさらに展開させたいと思っていたプロジェクトを提案し、それによってフェローに選ばれました。2015年のX−Apartments Athensが非常にうまくいったので、高山さんとの対話をさらに深めたいと思ったのです。セゾン財団の支援のおかげで、高山さんの芸術世界のみならず、現代日本の美術界・舞台芸術界も深く知ることができました。爆発的といってよい、ほんとうに大きな経験でした。信じられないようなアーティスト、キュレーター、思想家のみなさんと出会うこと、日本の文化と歴史に対する理解を深めることができました。そうした出会いを出発点として、日本との関係をさらに深めることができる立場に今いるというのは、ほんとうに幸運なことです。

──来年のフェスティバルにも日本のアーティストが参加しますか。
 その方向で準備を進めていますが、まだ未確定な要素が多くて、今のところは具体的な名前を出すことができない状態です。もうしばらくお待ちください。

──フェスティバル中にもかかわらず、インタビューにご協力いただき、ありがとうございました。オナシス文化センターとファスト・フォワード・フェスティバルの今後の活動の展開に大いに期待しています。  こちらこそファスト・フォワード・フェスティバルに関心を持っていただき、ありがとうございました。
 
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