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タニノクロウ
タニノクロウ

庭劇団ペニノ

http://niwagekidan.org/
*1 劇場内劇場として建てられた寺で「蛸」をあがめる宗教儀式が展開する。観客は信者としてその架空の寺に入り、8名の僧侶による念仏や奇妙な演奏などを体感する没入型演劇。

庭劇団ペニノ『蛸入道 忘却ノ儀』
(2019年10月/ロームシアター京都)
撮影:井上嘉和
蛸入道 忘却ノ儀
*2 団塊の世代を象徴する漫画原作者・狩撫麻礼の短編が原作(03年庭劇団ペニノ初演)。寂れた洋食の無頼のマスターが、客としてやって来たバックパッカーの若者の魂を乗っ取り、跡継ぎとして洗脳・訓練する。舞台上にリアルな洋食屋のセットを組み、実際に調理が行われる。姿を見せないままイヤホンを通じて若者に指示を出すマスターの声を、観客もイヤホンを通じて聞くという体感型演劇。

庭劇団ペニノ『ダークマスター』
(2016年5/OVAL THEATER)
撮影:堀川高志
ダークマスター
庭劇団ペニノ『笑顔の砦』
(リクリエーション)

(2018年11月/in→dependent theatre 2nd)
撮影:堀川高志
笑顔の砦
*3 第60回岸田國士戯曲賞受賞作品。山奥の湯治場に招かれた人形遣いの父子、客らを巡る一夜の出来事を描いた作品。回転舞台に古い湯治場の2階家を緻密に建て込んで上演。

庭劇団ペニノ『地獄谷温泉 無明ノ宿』
(2015年8月/森下スタジオ・Cスタジオ)
撮影:杉能信介
地獄谷温泉 無明ノ宿
地獄谷温泉 無明ノ宿

→今月の戯曲
『地獄谷温泉 無明ノ宿』
タニノクロウ×オール富山 2nd Stage関連企画『Meditation −The day before daylight−』
(2020年6月20日/オーバード・ホール)
撮影:柳原写真事務所
Meditation


https://youtu.be/CDtMJ4LNgnM
Mプロジェクト「MOON」
(ふじのくに⇄せかい演劇祭2017)

会場:舞台芸術公園野外劇場「有度」
撮影:行貝チヱ
MOON
『ダークマスター VR』
(2020年10月/東京芸術劇場 シアターイースト)
撮影:前田圭三(東京芸術劇場)
ダークマスター VR
Artist Interview
2021.3.1
演劇
An Interview with Kuro Tanino Revealing a new “With Corona” Perspective  
With コロナの視点 タニノクロウインタビュー  
元精神科医というキャリアをもち、執拗なほどに緻密な舞台美術により観客の潜在意識に訴えかける劇世界を展開してきたタニノクロウ(庭劇団ペニノ主宰)。国内外の芸術祭での活躍に加え、近年は出身地である富山市のオーバード・ホールで地域や市民と深く関わる企画を実現し、高く評価されている。コロナ禍でVRに挑戦し、『ダークマスターVR』と『笑顔の砦 ’20帰郷』の2作品を発表。人々が孤立を余儀なくされている新型コロナウイルス感染症の時代におけるタニノの創作とVRの可能性についてインタビューした。
聞き手:野村政之[演劇制作者、ドラマトゥルク]、坪池栄子[編集部]

作家としての心境の変化と参加型演劇の可能性

──昨年2月末からイベント自粛になりましたが、タニノさんは新型コロナウイルス感染症の蔓延でどんな影響を受けましたか。

 『蛸入道 忘却ノ儀』(*1)のツアーで2月24日から福岡で仕込みをしていましたが、その最中に状況がみるみる変わっていきました。福岡公演は客席を減らして感染対策を行い、3回の公演をやり遂げましたが、その後予定されていた三重公演は中止になりました。この作品は、劇場全体を寺にするという大掛かりな舞台セットで、作業するスタッフを多数確保してツアーしていたので、かなり大きな損害がありました。さらに東京のシアタートラムでの公演を予定していましたが、そちらは舞台セットに対し消防署の許可が下りなくて実現できなかった経緯があり、それを含めると劇団としては凄まじい損失になりました。

──そもそも2020年はどんな計画だったのですか?
 5月まで『蛸入道』のツアー(福岡、三重、東京)、6月に富山の商店街で観客参加型のイベント、9月にフランスのフェスティバル・ドートンヌで『笑顔の砦』、10月に東京で『ダークマスター』(*2)、12月に富山で『笑顔の砦』(舞台美術の制作から出演まで市民が関わってリメイクする「オール富山」版の2回目)、2021年に『ダークマスター』の北米ツアーを計画していました。そのなかで唯一演劇公演として生き残ったのは富山の『笑顔の砦』だけ。『ダークマスター』はVR版に切り替えて東京で発表したものを、NYを含むアメリカ数都市で公演する方向で準備していますが、実現できるかどうかは状況次第です。
 2000年に庭劇団ペニノを立ち上げたので、2020年は劇団の20周年でした。それで富山で行う『笑顔の砦』には20年やってきた思いを込めて「'20帰郷」というサブタイトルをつけました。10年以上海外のフェスティバルを回ってきましたが、我々のように大きな舞台セットを仕込む演劇は身軽ではないのでかなり過酷でした。体力がないとやっていけない。そもそも国際演劇祭は若者のためにあればいいと思っている。また、自分の意識があまりにも「劇団活動を国内・海外で拡大・継続していくこと」に向き過ぎて、正直、少し疲れていました。
 自分の求めていることが変わってきて、そういう「意識的な活動から離れたい」と思うようになっていました。子どもって自由で、無作為で、コントロールできない存在ですよね。そういう自由さが最近の自分のクリエイションにあるかというと、全く無い。生き方としてバランスが良くないなと感じていて、『笑顔の砦 '20帰郷』をやってかつての自分に戻りたい思いました。子どもの頃の僕は、ドブ川でナマズを釣り、竹林で木を切って何か組み立てて遊んでいた。その頃に戻りたい、自然と一緒になって何が起こるかわからない環境の中で過ごしたいという思いが、ここ最近強くなっていました。確かにコロナの影響もありますが、それ以前から、今までの環境から離れたいという思いが個人的に強くなっていました。

──作家としての心境の変化と、新型コロナウイルスの蔓延に否応なく対応しないといけない状況が、丁度重なったということですね。
 そうですね。対象がウイルスという自然のものなので、先行きの判らなさとかコントロールができない状況は、「自然との付き合い」という面で自分の心境と合致している面はあります。今までなかったことだけに、こういう事態に考えることがたくさんありました。

──3月に自粛が全面化して、4月は緊急事態宣言と先が見えない状況でしたが、どうしておられたのですか。
 交流できないとか、移動できないというのが一番のストレスでした。2021年に予定しているKAATでの新作も、こういう状況のために最初は内容をなかなか具体化することができず苦しみました。
 それならこの機会に普段はじっくり話を聞けない人と話したいと思いました。Zoomならそういう人とも会いやすい状況だったので、同じ思いの長塚圭史さんはじめKAATの方々と一緒にいろいろな職種の人とオンラインで話しました。お坊さん、葬儀屋、医者、教育者、お惣菜屋、いつも行っているけどゆっくり話したことのない居酒屋のおやじさんとか。そういう話や地域の人たちが考えていることを照らし合わせながら、新作をつくるつもりです。
 6月頃からはZoomではなく、直接話を聞きに行くようになりました。スナックや個人居酒屋にも行っていますが、誰も寄り付かなくなってる。100%密な状況だし、そもそもママも大将も高齢だったりすると客も遠慮する。特にママさんたちは肝の据わった人が多いので明るく話してくださいますが、実際は大変でしょうね。

──コロナ禍でのそうした街場の人たちとの関わりによって、気付いたことはありますか。
 例えば葬儀屋を例にとっても、見えないところにいろいろな繋がりがあり、葬儀がなくなればお花屋さんや近所の飲食店、ケータリング会社にも影響があります。コロナでそれらが一斉に厳しい状況になるわけです。僕たちが気付かなかった“小さなコミュニティ”のようなものにいろいろな場面で気付かされる。次の新作は、そういう普段気付かない繋がり、見えない繋がりが一つのテーマにはなると思います。そもそもこの新作の企画は、僕が富山で行っている活動に長塚さんはじめKAATの方々がすごく興味をもってくれたところにもあり、地域とどう繋がるかといったことを考えた創作方法になると思います。

──タニノさんがそういう創作現場を開いた形ではじめて演劇をつくられたのが、2016年に大阪で発表した『ダークマスター』の再創作版です。作家、演出家として心境の変化があったのですか。
 関西版『ダークマスター』は天王寺の飲食店街の中にある小さな劇場で行いました。空間デザインも街に溶け込むように劇場を仕立てた。劇場なのか本物の洋食屋か見分けがつかないような舞台美術。そして公募で集まった初対面の俳優、スタッフと一緒につくりました。より地域に根差した作品を意識しはじめたのは城崎アートセンターとの共同製作の『笑顔の砦』。物語の設定を城崎の漁港にして街の人たちに手伝ってもらいながら作りました。漁港見学や小道具や消えものの提供をしていただきました。そして物語も舞台美術も役者も全て「市民と創る」ことをしたのは、富山の『ダークマスター2019TOYAMA』です。
 心境が変わったのかと言われればそうだと思います。理想は、作品が上演された“その場所”に何かが残ること。歌かもしれないし、あるいはひとつの言葉かもしれない。居酒屋に新しいメニューがひとつ増えたとかでもいいけど(笑)、作品がきっかけで何かが残るようなことがその場で起きてほしいと思うようになりました。演劇は「観てお終い」、「消える」、みたいなところがあるけど、それだけではない残り方が何かできないかと。ずっとフィクションをつくってきた僕には、そういうちょっとした夢があります。なかなか実現しませんが、富山は少しずつその段階に入ってきているのではないでしょうか。
 そもそもそういう風に思うようになったのは、「可愛がられたい」という気持ちが私の中にあるからです。演劇という営みそのものを可愛がられたいという思いがある。『ダークマスター』のオール富山版はすぐにソールドアウトして1200人が観に来てくれた。市の人口が約40万人、県では100万人だからすごいなと思いました。人口比率で言えば、東京だったら13万人です。
 つくっている間、毎晩、飲みに通っていたのですが、地方都市は飲食店のネットワークが強くて繋がりをつくるのに有効です。富山では、色んなお店でいかに紳士的に飲み続けるか(笑)が大事で、そうするとメチャクチャ可愛がってくれます。本番の日、通っていたバーや居酒屋からお祝いの花がたくさん並んでました(笑)。
 いずれ清掃のおばちゃんや雑居ビルのボイラー室のおっちゃんが「今度タニノがやるんだ」と言ってワクワクしながらちょっとお粧しをして劇場に来てくれる、みたいなことが起こるかもしれない。そこを目指したいというのが根底にはあるので、そのためにしぶとく…飲み続ける。おかげで富山の滞在2週間目には飲み屋街で“ダンナ”と呼ばれるようになりました(笑)。
 大勢に効果のあるような薬を開発するみたいなことは演劇にはできない。一人ひとりにしぶとくアプローチしていくことしかできないと思ってそうしてます。

──スナックのママが演劇を好きか嫌いかは関係なく、飲み屋で仲良くなった兄ちゃんが何かやってるみたいだから劇場に行ってみようかと‥‥。
 それで良いんです。劇場に来る気軽さをつくりたい。
 2015年に製作した『地獄谷温泉 無明ノ宿』(*3)では東京の森下にある居酒屋のおっちゃんが小道具をつくってくれました。稽古の後に行ったお店でずっと千羽鶴を折っていたら、「何かあったの?」と聞かれて。芝居で使うと言ったら、「俺も手伝うよ」みたいな感じで、お店の人みんなで折ってくれて(笑)。それがきっかけで観にきてくれました。
 劇作にもいい影響ありますし。例えばスナックのママはどこに行っても面白くて、人生経験が分厚いからグッと来る言葉がポーンとでてくる。それを脚本に生かしたりします。

──コロナ以前からそうでしたが、劇場に来て作品を見る層が固定化していたように思います。コロナ以降、オンラインでの公演やイベントが増えていますが、それによってあまり層が広がった感じもしません。このことはPANJのインタビューで高山明さんも指摘されていました。それをタニノさん流のやり方で、街場の人が劇場に来る、知らない人同士の出逢いに開かれた風通しの良い場所にしたいということなのでしょうか。
 そうです。僕は劇場の持っている可能性を信じています。

──緊急事態宣言が解除された後、6月20日に第2回オール富山の関連として『Meditation −The day before daylight−』という参加型企画をされています。YouTubeでその様子を見ることができますが、2,200席のオーバード・ホールを、客席・舞台含めてひとつの大空間として使った作品です。暗闇に重低音がずっと響き、フルフェイスのヘルメットを被った30人の参加者はその中を点在するスポットライトで示されたそれぞれの場所までゆっくり歩く。そこで静かに佇む。静寂が訪れ、完全暗転する(瞑想)‥‥。やがて暗闇の中に音楽が響く‥‥。劇場が宇宙空間に呑みこまれたような、無限の劇場の広がりを感じるような作品です。タニノさんはこの作品について、「人が集うことは難しくなり、未来を予測しにくい今、劇場を愛する皆さまとこの場で「集い、想う」時間を共有できたら」と書かれています。
 僕から「こういうことをやってみませんか?」と提案しました。オーバード・ホールで働いている人と、普段劇場に演劇を見に来てくれている人を出会わせる場をつくりたいと思いました。劇場のスタッフは当時、皆なす術もなく毎日劇場で過ごしていた。これは辛いじゃないですか。劇場で働いている人たち一人ひとりに、改めてそこで活動していることを誇りに思って欲しい、楽しいと思って欲しいと考えました。それで、劇場の管理の人や守衛さんやチケットセンターの人たちも舞台に上がってもらい、僅かではあるけれどお客さんにも来てもらった。全員にフルフェイスのヘルメットを被ってもらって、感染症対策をして、静かな暗い劇場の中でみんなで過ごす。実際に目の前に人がいて繋がっている、みたいな時間をつくりたかった。私自身ずっと劇場にお世話になってきて、感謝したいという気持ちが起こした企画です。

──文化は不要不急と言われたり、あるいは演劇人の若干隙のある発言がネットで炎上したりいうことがあり、劇場で働いている人たちが自信を失いかねない状況ではありました。
 そうですよね。あれは余りにも辛かった。だから劇場のモチベーションを上げたい気持ちも強かったです。移動制限中でできることは限られていましたが、オンラインでこうしましょう、ああしましょうと打ち合わせをして。作業の様子をカメラで追ってもらったりしてなんとか実現しました。オーバード・ホールの方たちが本当に楽しんで参加してくださいました。

──参加者には他のホールの関係者もいたそうですが、自分たちも何かやり始めようという気持ちになったと聞きました。
 工夫すればできることはあると思うし、演劇やダンスやミュージカルなど通常の舞台作品はできなくても、劇場をひとつの空間として捉えればできることはたくさんあります。『Meditation』はそういったものとしてもアプローチしたつもりです。


舞台美術で居場所をつくる“巣籠もり演劇”

──私はタニノさんの演劇を“巣籠もり演劇”だと思っていて、毎回毎回、舞台美術で籠るための“巣”をつくっているんじゃないかと。そこは自分がつくった居場所だから、落ち着くし、安全だし、妄想に浸れる。今はひとりじゃなくてみんなと巣をつくることが楽しくて、そうやってできた巣はみんなにとって気持ち良い巣になる。

 なるほど、そんな風に言われたのははじめてです。昔から“舞台美術がかわいそう”だと思っていて、終わったらただ燃やされちゃうものではなく、観に来た人にどうすれば“自分たちのもの”と思ってもらえるかをすごく考えていました。だから『蛸入道』の美術でクラウドファンディングをしてみたり、観客が自らお札を貼り付けて最終的にお寺を完成させてもらったり、観にきた痕跡を舞台美術に刻んでもらったり‥‥。それが今、富山でやっている市民と一緒に舞台美術をつくることにも繋がっていると思います。いろいろな力が集まってひとつの作品になるというものを目指しています。この活動がやがて多くの人にとって気持ちの良い巣に発展していくと良いですね。

──寺とか世の中にある既存のものを模した巣もあるし、非日常的なこれまでにない巣もあるかもしれない。その最大スケールの巣が2017年にふじのくに⇄世界演劇祭で発表した野外公演の『MOON』だったように思います。宇宙飛行士のヘルメットのようなものを被った参加者は、どこか宇宙の片隅に浮かんでいる不思議な星の住人となって気がつかない間に無言の儀式をやっていた‥‥。儀式を通じて見えない星という広大な巣をつくりだしたのも面白かったですが、最大の発明はフルフェイスのヘルメットという最小の巣をつくりだしたことだと思います。あれさえ被れば参加者は安心、安全な巣に籠もったことになる。
 確かにそういう見方もありますね。『MOON』は、簡単に言うと、「コックリさん」(狐の霊が憑依し、紙に書かれた文字の上を指を添えた硬貨が自然に動いてお告げをする心霊現象)のような状態をつくりだしたいと思っていました。観客参加型なんだけど、何をするか全く情報が与えられない中で、誰かの想いが連鎖反応を引き起こすというか。そういう集団心理の反応で、巨大なアート作品、インスタレーションを作れるかをやってみたかった。
 通常のコミュニケーションに必要な情報をなるべく減らすためにミラーシールド付きヘルメットを被ってもらった。そうして相手の性別も年齢も言葉も判らない状況を作りました。それは確かにおっしゃるようにある意味「解放」で、安全で安心な感覚をもたらしたかもしれませんね。

──あのヘルメットを被れば、巣に籠もっているのに、自分が誰かということから離れられて逆に自由になる。極端に言うとこれを被った瞬間に、ヘルメットが1個の劇場にもなり得るわけで、今から思えばまるでコロナの時代を予見しているような作品に思えます。
 実はただ協力してアート作品を作るってことだけじゃなくて、俯瞰的に見れば物語を感じられるように作りました。未知のウィルスで汚染された惑星を救う宇宙飛行士たちという物語です。だから惑星に見立てたバルーンは最初萎んでいて、参加者によって膨らむと中のライトが点灯して生き返る。最後は色とりどりのバルーンで空間が華やかになっていく。


VRへの挑戦

──コロナの時代においてどういう演劇がつくれるのか。このところリアルでやった方がいいものをオンラインで配信したり、VRにトレースしたりするものも多いですが、タニノさんの巣籠もり演劇はもともとVRに親和性があるものだと思います。『ダークマスター VR』では劇場にひとりずつ座れるように仕切られた個室ブースを設置し、観客はそこに入って座り、洋食屋のカウンターの客になり、その視点で見る仕掛けになっていました。VRはタニノさんにとっても新しいツールだったと思いますが、いかがでしたか。

 VRには随分前から興味をもっていました。2年、3年前からVRゴーグルが比較的安価に流通し始め、視覚や聴覚を刺激するASMR動画や立体的なサウンドのバイノーラル録音などがYouTubeで流行り始めた。これらを組み合わせればいろいろ面白いことができそうだと思っていました。『ダークマスター』は洋食屋でご飯を食べたり、調理している匂いがするなど、主観的に作品に没入することができる。店のマスターが客として立ち寄った若者を洗脳・シンクロする話でもあるので、アイデアとしてVRに向いているなとは思っていました。今回は、コロナという状況を踏まえて、「公演中止になることは絶対にない」ものがどうすればつくれるかを考えた結果、VRにすることにしました。観客は個室で視聴し、俳優は出てこない。もちろん劇場の表方のサポートは必要ですが、システムのオペレーションは二人でできる。楽屋も使わないし、仕込みもあっという間に終わる。
 ただ最初からVR公演にするつもりだったわけではないので、脚本の書き換えとともにキャストの数人は断らなければならなくなり、苦渋の選択でした。一人ひとり会うことも難しい時期で‥‥。とにかく「どうしても中止できない」という一心でした。

──VR版と舞台版では、テキストや演出はどのくらい変えたのですか。
 かなり変えましたね。最終的に、テキストは原作のマンガに近いものになりました。映像の場合、より原作に沿ってつくらないといけないという思いもありましたが。VRは現行のヘッドセットだと重くて長時間の着用には耐えられないから長尺ものには不向き。ですから舞台とは全く別のものとしてつくり、VR版ではドラマ性はほぼ無い感じになっています。VRの一番面白いところは体感強度で、映像なんだけど立体で迫ってくるし、触られたり、臭いがしたような錯覚を起こす。一方、体感度を上げるとドラマ性を楽しむ部分の感度は下がる。だから、なるべくセリフや物語性を削って、登場人物も3人だけに整理しました。ゴーグルの解像度や焦点技術が上がるなどテクノロジーが向上し、こちら側の編集能力が上がればまた色々な可能性が生まれると思います。

──VR版で特に工夫したところはありますか。
 今回のVR版では、個室ブースに座ると目の前と左右の仕切りがマジックミラーになっています。ゴーグルを付けると、最初は鏡に写っている自分の姿が見えて、最後にそれが透ける。ただ映像を見せるだけではなくて現実の世界にも意識が行くような仕掛けを作りました。「現実の世界もVRの世界も変わらない」ということを基本のアイデアにしています。量子論のような物の見方でいえば、世の中はミクロな粒子の集まりで、その粒子の状態次第で現実の出来上がりが決まる。テレビモニターを近くで見ると小さい粒々だけど、遠くから見たら臨場感をもった世界になっている。私達の意識も同じで、「美味しい」も「美味しい音を聴いて感じる」こともミクロの物質の状態であるということでは同じ。もっと言えば、「嬉しい」「つまんない」「気持ち悪い」という感情だって同じく粒子の状態なだけ、みたいな。
 もう一つ、先程最近の心境について「意識的なことから離れたい」と話しましたが、「人間が人間のことしか気にしてない」という状況にも同様にアプローチしたくなりました。例えばハラスメントや差別のことは考えなければならない問題ですが、良いとか悪いとかとは別に、一方で「それもただの粒子の状態だ」という超客観的・唯物的な見方もある。VR作品をつくるときに、大きな枠組としてそう考えたいと思いました。と言いながら、VR公演期間中に富山でコロナを不安がっている参加者がいると言われれば、休演日に早起きして富山まで行って直接話を聞きに行った。でも一方で「何もかも物質だよ!」と思ってる。頭が分裂しておかしくなりそうでした(笑)。
 いずれにせよ、デジタル空間と物理現実世界の実態は同じって捉え方を作品に込めてみました。

──分裂して当たり前ですよね。コロナ禍における2つの極を1つの身体で往還しているようなものですから(笑)。
 新幹線に乗って帰る時に「一体何をやってるんだろう?!」と笑えてきました。VR作品は台本1日、稽古3日、撮影5日という感染対策という意味で超タイトなスケジュールで作り上げ、劇場には俳優もスタッフもいなくてボタン押せばそれで公演が成立する。一方、富山の『笑顔の砦』では、「演劇は時間を掛けてつくらないとできない。四季を感じながらこの作品に関わって欲しい」と言って、稽古を5月・8月・9月に1週間ずつ分散させた。「コロナだからこそ時間を延ばしてやるのが本来のつくり方だ」とか言って、全然違うことを同時にやってた。

──でもタニノさんのクリエイティビティとしてはどちらもアリなわけですよね(笑)。今回のVRの経験で何か発見はありましたか。
 演劇の上演中はくしゃみするのも憚られるし、トイレに途中退出するのも躊躇するような、観客に対する身体的束縛がすごくあります。その結果舞台上のことに集中するしかない。そんな観客の無意識の効果に助けられ、少なくとも私の演劇作品は過大評価されてきたんじゃないかーー映像を撮りながらそんな思いがよぎって、ちょっと反省したりもしました。公演が終わるとほぼ形も残らず終わり、観客は記憶の検証をできないままになること含めて、評価が上げ底されていたのかもしれない。映像として残るVR作品をやって、それを痛感しました。また、撮影の現場では、どうしたって「OKテイク」を録らなきゃいけなくて、「撮れ高」が勝負。この感覚は演劇と全然違うものでした。そのうち、OKを出したんだからその映像はすごく良かったんだと自己洗脳状態になり、撮影中はすごく前向きで明るかった(笑)。
 技術的には、立体音響をつくるシステムやカメラ、CG処理、編集まで含めてかなり高度なことを試すことができました。VRでできることとできないこと、台本をどういう構成にしたらどういう効果が生まれるのかなど、学びしかなくて、それは楽しかったですね。

──観客の反応に関してはいかがでしたか。
 観る人も9割方はVRが初めてだったと思います。みんな同じ映像を観ているんだけど、一緒に観ているわけではないからリアルな公演のように観客同士の妙な共感覚はない。加えて、個室に籠もってひとりで体感度を上げた映像に没入するので、体感についてのシンプルな感想が多かったです。「酔った」とか「感覚が変になる」とか逆に「気持ちいい」とか「生々しい」とか。作り手としては楽しんでもらいたかったから、気持ちが悪かったらゴーグルをはずしてくださいとアナウンスをしていますが、それでも一定全く受け付けない方もいらっしゃいました。あえて例えると、童貞と処女のセックスの後の感想に近いような。賛否はありましたが、自分としては、そんな初体験に立ち会えたことが大きな価値だったと思います。

──演劇でも映画でも、一定のコード、“どのぐらいやるとどんな感じ”みたいなラインが共有されているので創り手も観客もそこで混乱しませんが、VRはまだそのラインがなくて観客もみんな初心だから作品としての感想だけじゃなくて生理的な反応が出てくるんでしょうね。ところで、もう一方の極、『笑顔の砦’20帰郷』のようにみんなでつくる舞台ではどのようなことに留意して臨んでいるのですか。
 参加する方の半分は舞台の経験がほとんどなく、初めての人もいる。本職も家庭環境も様々、だから「本番はオマケだと思いましょう」という姿勢を心がけています。稽古をすること自体、つくっている行為そのものを大切にしましょうと。同時に「コロナが不安ならいつでも止められますよ」と。たとえ本番中であろうと止められる。それに関しては意思を統一しましょう、と言ってます。それぞれ家庭や生活があり、高齢者や障害のある人と暮らしている人もいます。それをコントロールすることはできないし、最初からコントロールする気もありませんが、ここが唯一、僕が音頭を取ってやれることだと思っています。

──VRの時は「撮れ高が勝負」だと言っていましたが、『笑顔の砦』のような舞台は撮れ高は気にするな、常に先送りできるぞという全く逆の行為ですよね。
 僕が短期間でやる市民向けのワークショップをあまり好まないのは、参加する人が「撮れ高」を求めてしまうことが結構多いから。富山での事業などを通じて僕が伝えたいのは、「演劇を創る」というのは、短時間で獲得する「型」ではなくて、長回しで稽古を見つめて、その中で出て来た自然力を拾いながら繋ぎ止めていくような作業、営みだということです。一方で、VRをやってわかったのは、撮れ高を上げるための準備のようなことが今までの演劇では足らなかったなということ。VRが今後どう展開するかにもよりますが、この両方があることで良い相互作用が生まれるような気がします。
 ちなみに『笑顔の砦』では、割と時間をかけて映像を撮る予定です。稽古も美術の創作過程も全部入っています。映像作品にしたいのではなく、関わっている人たちに向けての意味合いが強いですが。撮影していると、貴重な時間を過ごしているという雰囲気ができるし、“確かにやった”ということを残せるので。今それが重要だと思う。

──コロナ禍であるかどうかに関わらず、長い時間の中でもっと大きく呼吸をしながら演劇をつくるにはどうしたらいいかというのが、今のタニノさんの関心なんですね。
 関係性を誰かが妄想したり、ありもしない関係性をつくったり、演劇というのは多分そういうものだと思います。俳優も台本を読み込んでいく中で、描かれてない関係性を想像し、妄想しながら劇世界を広げていく。それはいずれ、台本を飛び出して、自分がなぜここにいるのかとか、社会はどう成り立っているのかとかといった問いにも繋がる。演劇にはそうやってみんなが大きな関係性をつくっていくようなの側面があります。その関係性をどうやって広げていくかなのですが、好奇心や愛情がないとできない。だから、劇作家としては、関わっている人たちがそういうものを感じられるように触発できればいいかなと思っています。

──タニノさんは海外での創作経験も多く、いろいろな違いを実感されてきたと思います。コロナをどう捉えるかということですが、コロナという同時代性が創作の世界で何かの扉を開くみたいな予感はありますか。
 難しい質問です。全くわかりません。今まで海外で活動してきたことが自分の創作に強い影響を与えた理由の一つは、よくわからないものに出会うことでした。その不確かさが演劇というものに対しての自分の好奇心を維持してくれたのですが、今はそれがない。だから全くわからないとしか言えません。ともかくこの行動制限はとてもきついです。

──情報は得られるけど、移動することの中で生まれてくるものとは違います。
 そうです。違います。実際、海外にも行けてなくて、身近な環境で不確かなものと出会うことはできます。しかし緊急事態宣言でそれも今は制限されている状態です。それをなんとかしたくて、国内でできることをやっている感じです。

──という意味で言うと、最初にお話しされていた新作はどんなことになりそうですか。
 VRじゃなくて、従来の演劇作品になります。それこそ、観終わって旅をしてきた気分になれるような作品を作りたいですね。とある街に、小さな飲食店が軒を連ねる古い2階建ての雑居ビルがあって、すごくユニークな場所なんです。コロナでとても大変そうだから、守りたくってよく飲みにいくのですが、「いずれこういうの無くなっちゃうのかなあ」と思ったら、作品にしたくなった。またその近辺に多国籍な歓楽街が広がっていてちょっと危険で怪しい魅力がある‥‥。そんな場所が舞台の作品にしようとおもっています。地元の人たちにも参加して欲しいので、その飲食店街のスナックのママに、「ちょっと出演してよ」と口説いているところですが、今のところフラれています(笑)。VRとは違う超厄介なプロジェクトに突っ込んでいこうと思ってます。

──新作、楽しみにしています。今日はどうもありがとうございました。
 
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