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日本文学盛衰史
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日本文学盛衰史
青年団 第79回公演『日本文学盛衰史』
(2018年6月7日〜7月9日/吉祥寺シアター)
撮影:青木司
Data
[初演年]
[上演時間]
[幕・場数]
[キャスト]
Artist Interview
Play of the Month
2019.5.10
Nihon bungaku seisui shi (The Rise and Fall History of Japanese Literature) by Oriza Hirata 
平田オリザ『日本文学盛衰史』 
 言葉と格闘した明治の文豪の小説や私生活を主な題材に、今の時代の出来事までを包摂した高橋源一郎の同名小説を大胆に戯曲化。舞台は、北村透谷、正岡子規、二葉亭四迷、夏目漱石の通夜あるいは葬儀の後の宴席。そこに集まった文人たちと紛れ込んだ現代人(田中、佐藤、鈴木)が文学談義をする文人群像劇。第22回鶴屋南北戯曲賞受賞作。
一場 1894(明治27)年5月 自殺した北村透谷の通夜の晩。

ご近所の田中、佐藤、鈴木が通夜の宴席で、「人は文学のために死ねるか」など自殺した北村をネタに世間話をしている。

北村の弟子の島崎藤村、長谷川辰之助(二葉亭四迷)が登場。長谷川は、島崎に小説は苦手だ、自分は北村のようにはなれないと言う。

田中、佐藤、鈴木の世間話は、鈴木が北村と一緒に見た芝居『ハムレット』から蜷川幸雄が演出した現代の『ハムレット』に飛び火する。

島崎は長谷川に、北村が書いたドラマチックな劇詩『蓬莱曲』の感想を聞く。長谷川はチェーホフの『かもめ』のように、「ただ出てきてダラダラとしゃべる。何が解決するわけでもない」チェーホフの戯曲にこそ、北村が書きたかったものがあるかもしれないと言う。

宴席に北村の教え子の星良、文芸雑誌「文學界」編集人の星野天知、自由民権運動家の大矢正夫が加わる。北村が関わっていた自由民権運動や朝鮮・志那情勢など政治談義をしていると、樋口一葉、森鴎外が焼香に来る。

北村の妻ミナの挨拶。

娯楽小説をめざす尾崎紅葉が主宰する硯友社の田山花袋が登場。ミナ、森、長谷川が北村とは対極の売れる小説について話す。田山は「北村先生が書いているものにこそ、真実がある」と言う。

LINEで遅れると連絡していた夏目漱石が正岡子規と登場。二人の作品について批評する文人たちを残し、ミナと焼香に向かう。

大矢は、軍歴をもつ森に独立支援のために朝鮮に渡ると言う。「この国は、まだまだいくさがたらん」と叫ぶ大矢。長谷川は、森に「革命を起こさずに国民国家をつくることができるか」と問う。

中江兆民、幸徳秋水が登場。星野は、北村の死は文学だけが理由ではなく、自由民権運動を挫折させた大衆の移り気に絶望したからではないかと言う。中江は、文学のために死んだことにした方が北村は伝説になると返す。

文學界を立ち上げるとき、北村は「この国の文学は生まれてわずか数年しか経っていない。赤ん坊のようなものだ」と、毎夜、ツイッターでつぶやいていた。森は、「文学だけでなく、この国はあまりにひ弱だ」と嘆く。

樋口は、ジェンダー論で気を吐き、準備中の小説『おおつごもり』について話す。これからも貧しい者たちのことをたくさん書きたいと宣言するが、彼らが小説を読まない現状をどうすればいいか森に問う。森は、日本がもう少し豊かになれば変わるかもしれないと言う。

病に蝕まれている正岡は、文学の話ばかりしていないで外に出てべーすぼーるをやろうとみんなを誘う。

最後まで残った島崎と田山。島崎は、奥手な自分たちを自虐ネタにしながら、「北村さんが書こうとして書けなかった詩を書く」と言い、『初恋』の一節を口ずさむ。

二場 1902年(明治35年) 9月 長く病床にあった正岡子規の通夜の晩

島崎は詩作を辞めて小諸で教師となり、田山はAV映画を撮っている。正岡の弟子の高浜虚子と河東碧梧桐が、森や随筆家で中村屋を興した実業家の相馬国光(旧姓:星良)ら弔問客を迎えている。

高浜は、ロンドン留学中の夏目にスカイプで連絡したが不通だったと言う。正岡は夏目と手紙でやりとりしており、それが新しい散文のスタイルになっていると、高浜がその一部を朗読する。

正岡の母・八重、妹・律が登場。ふるさと松山を騒がせている現代の時事問題やスキャンダルを折り込んだ挨拶をする。

与謝野晶子と石川啄木が登場。石川は、思ったこと全てが歌になる16歳の自称「天才」で、歌で会話する。与謝野の歌をもじってAVのタイトルにした田山に怒った与謝野は、石川と出て行く。

河東、森、高浜、島崎は与謝野の歌や鉄幹との夫婦仲について噂する。1904年の日露戦争開戦前夜、ロシアにはロシア文学に衝撃を受けた長谷川が新聞社特派員としていた。森は、日本にはロシア文学のように社会に影響を及ぼす力のある小説がないと嘆く。

伊藤左千夫、相馬の後輩の小手川弥生子(野上弥生子)が中村屋の試作品、クリームパン持参で登場。

幸徳秋水、国木田独歩が登場。森は、長谷川が翻訳したツルゲエネフの『あひびき』に触発されて国木田が話し言葉だけで書いたが『武蔵野』について褒める。私たちはまだ散文が書けず、思ったことを文章にできないが、この中の誰かがきっと新しい小説を成し遂げると言う。

日本新聞社の社長・陸羯南が挨拶で正岡の功績を紹介。

最後まで残った島崎と田山。島崎は、「今まで、日本人が誰も主人公にしなかった者を主人公にした小説を書く」と言う。

三場 1909年(明治42年) 6月 二葉亭四迷(長谷川)の葬儀の午後

島崎と田山は二人とも作品がヒットして有名になっている。鈴木、田中が二人の自慢話を聞いている。

石川、与謝野、若山牧水、北原白秋、森、夏目、佐藤らが入れ替わりに登場。ロシアからの帰途、船上で病死した長谷川を偲び、お互いの近況を伝え、旧交を温める。

夏目は、執筆に専念するため東京朝日新聞社の文芸欄主宰になっていた。長谷川の家族を支えるために全集を出し、石川が校正を担当すると言う。

相変わらず歌で会話する石川、不倫相手の管野スガ子を連れた幸徳(この翌年、明治天皇暗殺を企てたとして幸徳はじめ多くの社会主義者、無政府主義者がえん罪で処刑された)が登場。森は、幸徳に過激な政治活動を自重するよう声をかける。

夏目は、島崎に「長谷川君が何を見ていたのか見てくる」と満州行きを伝える。日韓併合、ロシアとの再戦など国際情勢の雲行きは危うい。夏目と石川が長谷川の全集の校正について話していると、田中と佐藤がテレビドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール』の世間話で割り込んでくる。

長谷川の母・しず、妻・りうが登場。明治の文人の例に漏れず、長谷川家も嫁姑の折り合いが悪い。それもこれも文人たちに原因があると、しずは目の前の彼らに当てつけた挨拶をする。宴席では、嫁姑問題の愚痴を書いた森の『半日』が話題となる。

東京朝日新聞社主筆の池辺三山の挨拶。

島村抱月が登場。島村は坪内逍遙と文芸協会を立ち上げ、旗揚げ公演で『シェイクスピア』を上演する。夏目がなぜシェイクスピアなのかと問うと、島村は女優・松井須磨子との不倫で坪内の機嫌を損ねたせいだと落ち込む。

幸徳と管野が太鼓を鳴らし、「桂やめろ!」「無政府共産!」とシュプレヒコールを叫びつつ再登場。管野は森に、「私たちは思想をもって、それを言葉にしただけ。考えたら罪ですか。言葉にしたら罪ですか?」と問う。

夏目は、「私たちはこの二十年、どうすれば内面を言葉にできるか考えてきた」と言い、言葉で真実を語り、言葉で多くの人が共感できるようになった今、言葉は国家の脅威、国家の敵になったのだと看破する。

呆然とする島崎と田山。

四場 1916年(大正5年) 12月 夏目漱石の葬儀の夜

島崎と田山がいる。夏目と親交のあった錚錚たる文人が次々登場し、挨拶を交わす。中には、芸術座が大人気となった島村、平塚雷鳥との心中未遂を小説にした森田草平もいる。全員胸に名札を付ける。

夏目の妻・鏡子の挨拶。悪妻の代表とされてきた自分の名誉が、NHKのドラマのおかげで回復できたと言う。

宴席では、文人たちの恋愛沙汰など世間話のタネは尽きない。そこにスケートボードを手にした宮沢賢治がラップを口ずさみながら登場。20歳の新しい才能。自分はこれから、皆が思いもよらぬ形式の小説や詩を書くが、認められるのは自分の死後だと予言する。

坪内が登場。島村は、文芸協会解散でできた借金の始末までさせてしまった坪内に土下座して詫びる。

10歳の坂口安吾、3歳の織田作之助、7歳の太宰治という未来の無頼派トリオが登場。「皆さんが焼け野原にしてしまった日本で、これから新しい文学をつくる」と宣言する。森は、日本は滅んでも、日本文学は生き残ったと安堵する。

無頼派3人が未来を予言する。小説は携帯やネットで読まれ、誰でも書けて誰も読まないものになる。やがて機械が小説を書き、名作のデータから最強の小説が生まれ、それを読んだ人々は二度と小説を読まなくなる。数億年の沈黙ののち、機械たちが植民したどこかの惑星で、また一人の北村透谷、一人の北原白秋が生まれる──。

高橋源一郎が、スマホのついた自撮り棒を持って登場。一同に、小説資料のためにと写真撮影をねだる。やがて音楽が舞台を覆い、みんな狂ったように踊りだす。

プロフィール:
1962年東京生まれ。劇作家、演出家、青年団主宰。こまばアゴラ劇場芸術総監督、城崎国際アートセンター芸術監督。大阪COデザインセンター特任教授、東京藝術大学COI研究推進機構特任教授、四国学院大学客員教授・学長特別補佐、京都文教大学客員教授、(公財)舞台芸術財団演劇人会議理事長、富士見市民文化会館キラリ☆ふじみマネージャー、日本演劇学会理事、一般財団法人地域創造理事、豊岡市文化政策担当参与、奈義町教育・文化の町づくり監。
16歳で高校を休学し、1年半かけて自転車による世界一周旅行を敢行。世界26カ国を走破。1986年に国際基督教大学教養学部卒業。在学中に劇団「青年団」を結成。大学3年時、奨学金により韓国延世大学に1年間留学。
「現代口語演劇」を提唱し、1990年代以降の日本の現代演劇界に多大な影響を与える。海外公演に意欲的に取り組み、フランス、韓国、中国との国際共同制作も多数。2008〜2013年にBeSeTo演劇祭日本委員会委員長。また、民間小劇場のこまばアゴラ劇場の経営者として若手演劇人を育成。演劇によるコミュニケーション教育、大学における演劇教育など演劇教育分野でも目覚ましい成果を上げる。公立劇場芸術監督を務め、「芸術立国論」(2002年発行)を著すなど、国や自治体の文化芸術による公共政策をオピニオンリーダーとして牽引している。
受賞歴:1995年『東京ノート』で第39回岸田國士戯曲受賞したのをはじめ、2019年『日本文学盛衰史』で第22回鶴屋南北戯曲賞受賞するなど作品の受賞歴多数。2006年モンブラン国際文化賞受賞。2011年フランス国文化省より芸術文化勲章シュヴァリエ受勲。
青年団 公式サイト http://www.seinendan.org/
 
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