The Japan Foundation
Performing Arts Network Japan
Contents
ナタリア・メディナ(Natalia Medina)
ナタリア・メディナ
Natalia Medina
マスダンザ(MASDANZA)
http://www.masdanza.com/english/
マスダンザ(MASDANZA)

MASDANZAは2019年1月24日、ヨーロッパの質の高いフェスティバルとして認定されるEFFEレーベルを受賞。高い芸術性、コミュニティへの参加、国際性などが認められたもの。
ディレクターのナタリア・メディナは2018年6月23日、グラン・カナリアの首都であるラスパルマス・デ・グラン・カナリア市の特別市民栄誉賞を授与された。これらの受賞をきっかけに今後フェスティバルをさらに持続させていこうと決意を新たにしている。
横浜ダンスコレクションにおけるマスダンザ賞受賞者
2008 宝栄美希
2009 田畑真希
2010 長内裕美
2011 竹内梓
2012 皆藤千香子
2013 奥野美和
2014 三東瑠璃
2015 梶本はるか
2016 渡辺はるか
2017 鈴木竜
2018 キム・ソヨン
*グラン・カナリア島
カナリア諸島州はグラン・カナリア島、テネリフェ島など北大西洋に浮かぶ7つの島を中心にしたスペイン領。中でも約40万人という州内で最大の人口を擁する州都ラス・パルマスがあるグラン・カナリア島(人口約84万人)は、ヨーロッパと中南米を結ぶ交易の中継地として栄え、今では、1990年に世界遺産登録された大航海時代の歴史的景観を残す旧市街べゲタ、有名なビーチのプラヤ・デ・ラス・カンテラス、広大なマスパロマス砂丘などを有する世界的な観光地として知られている。
2018年マスダンザ受賞者一覧
◎振付部門最優秀賞
JURY PRIZE TO THE BEST CHOREOGRAPHY:
『ALANDA』(スペイン)
振付:Mario BermúdezGil
賞金:3000ユーロ
◎ソロ部門最優秀賞
JURY PRIZE TO THE BEST SOLO
『NEREO AHOGÁNDOSE』(スペイン)
振付・出演:Joaquín Collado Parreño
賞金:2000ユーロ
◎振付部門観客賞
AUDIENCE PRIZE TO THE BEST CHOREOGRAPHY
『RELATIONSHIP』(中国)
振付:Zhiren Xiao & Ran Sun
◎ソロ部門観客賞
AUDIENCE PRIZE TO THE BEST SOLO
『COMING HOME』(アメリカ)
振付・出演:Yoshito Sakuraba
◎振付部門特別賞
SPECIAL MENTION OF THE JURY IN THE CHOREOGRAPHY CONTEST
『RELATIONSHIPS』(中国)
振付:Zhiren Xiao & Ran Sun
◎ソロ部門特別賞
SPECIAL MENTION OF THE JURY IN THE SOLO CONTEST
『BOYS DON'T CRY』(ドイツ)
振付・出演:Yotam Peled
公的支援
・サン・バルトロメ・デ・ティラハナ市 60,000€
・スペイン文化省 32,500 €
・カナリア諸島自治政府 30,000€
・グラン・カナリア評議会 15,000€
・ラス・パルマス・デ・グラン・カナリア市 12,000€
・カナリア諸島観光局 9,000€
マスダンザの出場国(2017年時点)
アルゼンチン、オーストリア、アルメニア、ベルギー、ブルガリア、ブラジル、ブルキナファソ、カナダ、コロンビア、コスタリカ、キューバ、チリ、中国、コンゴ、チェコ共和国、デンマーク、フランス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、イタリア、イスラエル、日本、ラトビア、レバノン、リトアニア、マケドニア、マダガスカル、メキシコ、ノルウェー、オランダ、ポルトガル、スウェーデン、シンガポール、韓国、スロベニア、台湾、タイ、チュニジア、アメリカ合衆国、イギリス、ウガンダ、ベネズエラ、スペイン
Presenter Interview
2018.12.27
Connecting the World in the Canary Islands MASDANZA International Contemporary Dance Festival 
カナリア諸島で世界がつながる国際ダンスフェスティバル「マスダンザ」 
中南米への中継地としての歴史をもち、国際的な観光地として知られるスペイン領カナリア諸島自治州。この風光明媚な島で行われているのがコンテンポラリーダンス・フェスティバル「マスダンザ(MASDANZA)」だ。ソロ部門とグループ部門のコンペティションをメインに、ショーケース、ワークショップ、ブレイクダンス・チャンピオンシップなど年毎に多彩なプログラムを展開。日本の横浜ダンスコレクションにマスダンザ賞を創設して受賞者を招待するなど、海外フェスティバルとの連携を深め、注目されている。1996年に地元振付家のためのコンペティションとして立ち上がった「マスダンザ」について、創設者であり、今も芸術監督を務めるナタリア・メディナ(Natalia Medina)にインタビュー。
聞き手:乗越たかお[舞踊評論家]

横浜から始まったアジアとの交流

──当初、地元振付家のためのコンペティションとして始まったマスダンザは、今では国際的なコンテンポラリーダンス・フェスティバルとして知られています。日本の横浜ダンスコレクションとも交流していて、2006年の第11回から日本のアーティストを招聘しています。横浜ダンスコレクションとの交流の経緯から教えていただけますか。

 横浜ダンスコレクション(1996年〜)を立ち上げた石川洵さん(横浜赤レンガ倉庫1号館初代館長。14年永眠)がマスダンザのことを知り、スペイン大使館を通して2006年に私を招待してくださいました。マスダンザは第10回(2005年)にはすでに提携先をヨーロッパに広げ、イスラエルのダンスも招聘していました。しかし、私はそれまで日本人が踊るところを見たことがなく、「ぜひ見たい!」と思って横浜に行きました。
 初めて日本のコンテンポラリーダンスを見たとき、動けなくなるくらい感動しました。特に「未来へ羽ばたく横浜賞」を受賞した杏奈の『noise-act 消滅願望』は素晴らしかった。舞台中央で5人のダンサーが非常に素早く行き交い、新しいコンセプトを提示していた。そこで、そのとき出ていた杏奈・浜口彩子・皆藤千香子らをその年のマスダンザに招待しました。

──2月に横浜で見て、10月のマスダンザに招待する機動力が素晴らしいですね。観客の反応はいかがでしたか。
 マスダンザの観客も、あんなダンスは今まで見たことがなかったと思います。みんな「素晴らしい!」と言っていました。私は新たな窓を開けられたような気持ちでした。翌年の2007年には石川さんをマスダンザの審査員として招待し、日本のダンサーについて話してもらい、提携(コラボレーション)の可能性について議論を重ねました。そして2008年から横浜ダンスコレクションに「マスダンザ賞」を創設し、正式に提携を開始しました。横浜を訪れる度に、たくさんの人と知り合うことができましたが、特に韓国のゲストとのネットワークをつくるきっかけになったのはとても大きかったです。
 2008年は宝永美希の『LINE』がマスダンザ賞に輝きましたが、同時に出場していた韓国のパク・ヨンジュン Young Jun Park(後にヨンクール Young Cool Parkと改名)の『DREAMING BODIES』もとてもよかった。それでコンペティションの申込用紙を送って、応募してもらう形で招聘しました。その後、ソウルのSIDanceフェスティバル・ディレクターのイ・ジョンホさんとも協働するようになりました。
 ちなみに『LINE』は、2008年の第13回マスダンザ最優秀賞(BEST PERFORMER AWARD)に選ばれ、カナリア諸島をツアーしました。日本から招待したダンサーたちには、皆藤千香子(第17回ソロ部門優勝)、渡辺はるか(第21回ソロ部門優勝とオーディエンス賞)、三東瑠璃(第19回ソロ部門優勝)、奧野美和(第18回ソロ部門優勝)など、印象深い人がたくさんいます。
 日本人ダンサーは横浜ダンスコレクションのマスダンザ賞受賞者として招かれる以外にも、公募などで大勢がコンペに出場しています。中でも第16回(2012年)の田中恵美理『キューブ(Cube)』は強く印象に残っています。とても美しいダンサーで、ソロ部門で優勝しました。第22回(2017年)に出場してくれた渡邉尚(オーディエンス賞、アコラン賞=カナリア芸術協会賞ACORÁN賞、ラ・ゴメラ振付センターレジデンス賞)も驚異的な身体性で驚かされました。彼はその後も2カ月ほどサラゴサなどに滞在していたと聞いています。

──横浜をきっかけに、韓国、中国などともネットワークが広がりました。今では、あなたはアジアのダンスフェスを最も訪れるスペインのディレクターになりました。
 そうですね。第14回(2009年)には初めて中国・北京から3人の振付家による『3つのポイント THREE POINTS』を招きましたが、この作品は振付部門で優勝しました。韓国ではSIDanceのほかに、2016年からNDA(New Dance for Asia) International Festival で「Asian Solo & Duo Challenge for マスダンザ」を創設しました。
 カナリア諸島の人々にとって、ヨーロッパ以外の国のダンスを見る機会はとても貴重なものです。政治的にも社会的にも全く異なっている国に、素晴らしいダンス作品があることを実感できるからです。文化的差異を感じられる、豊かで素晴らしい体験になります。こうしたことを通じてカナリア諸島とその文化を振興することも、マスダンザの重要な目的の1つです。


バックグラウンド

──あなたがダンスに取り組むようになったきっかけは何ですか。

 私はカナリア諸島のグラン・カナリア島(*)で生まれ育ち、現在も住んでいます。家族もたくさんいるので、違う場所へ住むことは想像できません。13歳からバレエを始めましたが、自分の身体は表現に対してもっと多くの可能性を秘めているのではないかと感じていました。自分の身体の中を探っていくと、そこには音楽も流れているし、さまざまな場所に旅することもできる。そう思うようになり、コンテンポラリーダンスに惹かれていきました。
 1989年に開校したラス・パルマス・デ・グラン・カナリア大学で体育を学んだ後、マドリードのフアン・カルロス王大学で舞台美術の修士号を取得しました。カナリア諸島の大学ではダンスの学位は取れないので、マドリードやバルセロナの大学で取得する必要があります。学位取得後、5年間、高校の体育の先生として勤めながら、午後から自分のダンス学校でダンスを教えました。ダンス学校を始めたのは1993年で、コンテンポラリーダンスとクラシックバレエを教えていました。そこで各地の振付家を招き、ホセ・ラヘス José Rechesやドミニク・ブルッキ Dominick Boruckiと出会いました。
 ホセは10&10ダンスカンパニー(10&10 danza)の振付家で、1998年にマドリード振付コンテストに応募する作品で私をダンサーとして起用してくれました。これが第3位となり、プロのダンサーになるきっかけになりました。1999年にドミニクと二人で「ナタリア・メディナ・ダンス・カンパニー NATALIA MEDINA COMPAÑÍA DE DANZAを立ち上げてから、国内外の振付家と仕事をしました。妹のヴァネッサもダンサーとしていろいろなカンパニーでキャリアを積んでいたので、2010年にダンスカンパニーの芸術監督と学校の経営を彼女に譲り、私はマスダンザの準備に専念することにしました。

──フェスティバルを始めようと思ったきっかけは何だったのでしょう。
 大きな劇場から私たちのダンスカンパニーが招聘されなかったとき、自分たちは有名ではないから仕方ないと思う反面、小さなカンパニーや新人振付家のためのプラットフォームをつくりたいと強く思うようになりました。当時のカナリア諸島にはそういう場所が全くありませんでしたから。グラン・カナリア島の人々はバレエをよく見ますが、コンテンポラリーダンスは上演自体がほとんどありません。ビーチとパーティとカーニバルはあるのですが(笑)。子どもの頃、母はここには何もないから大きな街に出なさいと言っていましたが、でも私はここでも何かができると信じていました。学校があり、学生がたくさんいるのだから、フェスティバルをやるには最適な場所だと思いました。それにフェスによって、この町に雇用が生まれたら、それこそ素晴らしいじゃないですか。
 
──ホームページを拝見すると、1996年の「マスパロマス振付コンテスト Maspalomas Choreography Contest」が最初の取り組みだったようですが、フェスをどのように立ち上げていったのですか。
 まずはダンスのショーケースを開催し、「コンテンポラリーダンスの場所をつくる」ことから始めようと考えました。そうして最初の年(1996年)に行ったのがマスパロマス振付コンテストです。マスパロマス Maspalomasはグラン・カナリア島の南端にある砂丘が広がっている土地の名前です。ゲイとヌーディストに寛容な美しい場所ですが、高齢化という課題を抱えていました。まずはここをフェスティバルに巻き込めればと思いました。
 10組のカナリア諸島の振付家の作品を上演しましたが、観客はゼロ(苦笑)。劇場の向かいにある教会に入っていこうとする人に「こちらの劇場でコンテンポラリーダンスを見ていきませんか?」と呼び込みをしたくらいです。二人連れの女性が「コンテンポラリーダンスって何のこと!?」と驚きながら入ってくれました。そしていたく感激し、その後マスダンザで10年間働いてくれました。そのうちの一人が「どうして審査員があの作品に賞を与えたのかわからない。私は他の人の作品の方が好きだったのに」と言ったので、私はその作品に観客賞を与えました(笑)。
 そして出場した振付家から5人を選んで、サラゴサやビルバオなど、マスダンザが連携したスペインの13のフェスティバルに送り出しました。5人分の飛行機代は相当な負担になりましたが、スペイン政府からは「マスダンザの重要性はわかっているが、スペインの人々に利益がなければ助成は難しい」と言われているので、当初からスペインのためという側面をもっていました。私自身もスペインの人々のためにというのは使命のひとつだと思っています。

──96年以降、毎年開催し、第2回からはカナリア諸島の地元の振付家だけではなく、外に広げていきます。97年は地元5組、スペイン本土3組に加え、マドリードからゲストカンパニーを招聘しました。 
 カナリア諸島にもたくさんの良いアーティストがいることを、スペイン本土の人々に知ってもらうまたとない機会になりました。マドリードのゲストもダンサーの質の高さに驚いていました。2000年から名称を「マスダンザ」に変更し、2001年からヨーロッパ諸国に対象を広げ、その後、南米、イスラエル、アメリカ、日本など徐々に拡大していきました。2003年の第8回からソロ部門とグループ部門を設置しました。

──過去のプログラムを拝見していると、コンペティションだけでなく、毎回何か新しい企画が盛り込まれています。
 そうですね。2015年に行った家族向けの「ダンス・マラソン」は面白かったですね。午前10時から午後3時まで1時間毎にサルサ、ヒップホップ、社交ダンスなど種類を変えながら、カナリア諸島の人々が好きなダンスを一緒に踊るプログラムです。劇場で座って見るだけでなく、馴染みのあるダンスが踊れることで、家族連れがフェスティバルを訪れるきっかけになりました。実際、観客を増やす効果も抜群でした。
 フェスティバル前に、宣伝を兼ねてダンスカンパニーに地元の学校訪問をしてもらうのですが、とても反応がいい。それで、毎日交代で生徒を劇場に招待するようにしました。その方が一度に多くの子どもたちに見せることができますし、学校の授業の一環なので評判がとても良いのです。これがきっかけで、彼らが大人になってもダンスを見続けてくれることを願っています。
 
──マスダンザは将来の観客育成にも力を入れているのですね。
 私たちは自分が見たいものに熱中するあまり、往々にして次の世代のことを忘れてしまいがちです。彼らはロックやヒップホップミュージックが好きで、クラシックは全く聞きません。クラシカルなダンスは難解なので、わかりやすいダンスが好まれます。しかしこれは見方を変えれば、ヒップホップやブレイクダンスを始めた人が、ダンスの奥深さを知るに従い、コンテンポラリーダンスやクラシックの世界へと入ってくることもあるということです。この話をダンス学校でしたところ、ヒップホップ出身の男の子たちが「以前はクラシックのクラスなんて絶対に取らないと思っていたけれど、今は楽しくて毎日取っている」と言っていました。彼らの刺激になるような、ヒップホップやブレイクダンス出身の素晴らしいコンテンポラリーダンスのアーティストをマスダンザに呼ぶことが重要なのです。
 もちろん高齢者のことも忘れてはいません。彼らをフェスティバルに巻き込むために、人を雇って体制を整えたほか、音楽に合わせて身体を動かすプログラムなども考えました。ステップを覚えて踊ることは無理でも、「音楽を聴いて感じたままに身体を動かして」と言えば高齢の方でも踊れますから。いろいろな世代の人、ダンスに関わりのない人もたくさん見に来るのがマスダンザの特徴です。


コンペティションについて

──メインプログラムであるコンペティション(ソロ部門、振付部門 SOLO Contest/CHOREOGRAPHY Contest)について聞かせてください。

 2018年にはソロ部門156人、振付部門170組の応募が世界中からありました。映像審査などで絞られた各部門8人・組がファイナリストとしてマスダンザに招かれます。
 招待する作品には、Open Call(公募)と、マスダンザ賞の受賞者、私が他のフェスティバルで見てOpen Callに応募してもらったものがあります。Open Callの審査委員会のメンバーには、提携している13のスペイン国内のフェスティバル・ディレクターをはじめとして様々なジャンルの人に参加してもらっています。私は、ただうまいだけ、美しいだけの作品に魅力を感じません。いかにリスクをとって新しいことに挑戦しているかが大切だと思っているので、他の委員から「ナタリア、この作品はクレイジーすぎるよ」と言われることもあります(笑)。

──コンペティションの審査はどのように行われていますか。
 海外から招いた振付家、フェスティバル・ディレクター、プログラム・ディレクター等で構成した国際審査委員会で審査します。メンバーは毎年変えています。上演が始まる前には、「決勝に残ったすべての作品には受賞作品として敬意を払ってほしい」と伝えています。作品を見終わった後、時間をたっぷりかけて、8作品それぞれについて意見交換します。コンセプト、振付、美術、照明、あらゆる面から話し合い、3作品に絞り、投票します。各部門の1位〜3位、観客賞、ソロのベストパフォーマー賞、ベスト振付作品賞、そして全作品の中でのベストパフォーマンス賞を決めますが、単にポイント数だけでなく、合意に達するまで何度でも話し合います。
 マスダンザの国際審査員は客観的ですが、たまに「受賞者がスペイン人じゃないけど、いいの?」と質問されることがあります。もちろん問題ありません。「国内のダンサーを奨励する方が大事ではないのか」という意見も絶えずありますし、それも理解はできます。実際、私も審査員を務める国内のいくつかのコンペティションではいつもスペインのカンパニーが選ばれています。でも私はこういうフェスティバルのディレクターたちに、世界で何が起きているかを知ってほしいと思っています。自国を特別視しなくても、質の高いスペインのダンサーたちが日本やエルサレムに行く例は山ほどあるのですから。

──マスダンザではコンペティションに参加したアーティストがそのままスペインをツアーすることもあります。
 はい。「マスダンザの後に別のフェスティバルに行きたい」「しばらくスペインにレジデンスしたい」など、様々な相談に乗っています。マスダンザで本当に重要なのは、賞や賞金よりもアーティストやディレクターが世界中のフェスティバルと接点を持ち、ともに働く機会をつくれるようにすること。マスダンザによって世界の人々があなたのことを知るようになり、より大きな舞台で踊るチャンスや作品をつくる機会が訪れるかもしれない。いつもと違う場所で踊ることが、新しい可能性を開いていくのです。


予算について

──フェスティバルの資金について聞かせてください。

 サン・バルトロメ・デ・ティラハナ市、スペイン文化省、カナリア諸島自治政府などから計15万8,500ユーロ(約2,000万円)の公的支援を受けています。その内の約半分を支援してくれているのがグラン・カナリア島のサン・バルトロメ・デ・ティラハナ市(SanBartolomé de Tirajana)です。マスダンザに出場したダンサーがカナリア諸島をツアーする費用はカナリア政府が別途負担してくれます。

──サン・バルトロメの観光政策などがマスダンザに影響することはありますか。
 マスダンザは私が立ち上げたものですが、もちろんそれはサン・バルトロメ市などの支援があって続けてこられたことです。それぞれに主張があり、常に議論を重ねています。例えばカナリア諸島自治政府が興味を持っているのは観光客にいかにお金を使ってもらうかという経済効果で、地域の文化教育にはあまり関心がなく、十分な投資がされていません。若者は平日は学校、休日はパーティ、カーニバル、ショッピング、ビーチで遊ぶ日々を過ごしていて、芸術文化に親しむことがありません。音楽、映画、ダンスなどはただ笑って見ているだけはなく「考える」ことが重要なのです。
 今年、私は役所で「世界中の様々な場所で、なぜ私がマスダンザをアピールしているのかわかりますか?」と問いかけました。「コンテンポラリーダンスの上演は、音楽のコンサートや演劇よりも多くの時間と労力を注がなければいけない上、十分な報酬を得られないことが多い。しかし質の高いダンスがあることが、カナリア諸島が知性ある土地であることの証明となるのです。朝にビーチでくつろぐのも良いでしょう。でも夜には劇場でぜひダンスを見てください。ダンスは普遍的なもので、言葉は必要なく、あらゆる国の作品を楽しむことができます。それを一度に見られる機会は、実に貴重なのです」と話しました。

──一般の観光客もマスダンザにダンスを見に来ますか。
 実はマスダンザの観客の多くは観光客です。今のホテルは食事からエンタテインメントまで電子キーひとつで決済ができ、観光客にホテル内でお金を使わせる仕組みになっています。しかし、中にはディナーを食べにホテルの外に出かける人もいます。そういう人たちが街中でマスダンザのポスターなどを見かけて、大勢ダンスを見に来てくれます。これには私も毎年驚いています。しかもカナリア諸島を訪れる観光客のリピート率は高く、70%が再訪すると言われています。ブラジル全体の観光客は年間約650万人(2016年)ですが、カナリア諸島には倍の約1300万人もの観光客がやってくるんですよ! しかも多くは富裕層です。こういう観客の存在がマスダンザを成り立たせている重要な要素になっています。

──スペインのダンスシーンにマスダンザはどんな影響を与えたと思いますか。
 3年前ある評論家に「マスダンザが始まってからスペインのダンスが変わった」と指摘されました。マスダンザはスペインにおいて非常に重要なフェスティバルとして認識されていて、文化省から毎年助成金を受けています。かつてサラゴサやカディスやビルバオといった地方のフェスティバルでは、スペイン国内のカンパニーしか見ることができませんでしたが、今では、マスダンザのネットワークを使って、それらのフェスティバルにも世界中のカンパニーが訪れるようになりました。昨年はマスダンザに出場したアーティストとサラゴサ、ビルバオ、カディス、そしてバルセロナと、鉄道で移動しながら延べ2カ月かけてツアーしました。サラゴサの人は初めて台湾や日本の公演を見ましたが、好評でした。
 ある振付家から「マスダンザはダンスを見るだけのフェスティバルではない」と言われました。「多くのひらめきが得られる場であり、自国に持ち帰って新しい振付を生み出すのに役立てたい」とのことでした。マスダンザが招待するアーティストは新しいクリエイターであることが重要です。国内外の人にとって新しい出会いができるプラットフォームとなる可能性を常に探っています。

──忘れられないアーティストはいますか。 
 日本人ダンサーについてはすでに述べましたが、他にもたくさんいます。韓国のイ・ソンア Lee Sun A、パク・ウンヨン Eun-Young Park、ジンジン JinJin、イギリスのディクソン・ンビ Dickson Mbiなども素晴らしいです。スペイン国内ではマスダンザの初期から行動をともにしているアーティストたちが活躍しています。ダニエル・アブレウ Daniel Abreuは、今はマドリードを拠点にカンパニー活動を行い、国内の有名な賞をいろいろと受賞しています。ラ・ヴェロネ La Veronalというカンパニーを主宰するマルコス・モラウ Marcos Morauは、2013年にスペインのナショナルダンス賞を受賞しました。彼らもマスダンザに出場してから様々なフェスティバルに招聘されるようになり、有名になりました。チェビ・ムラダイ Chevi Muradayもマスダンザ受賞後、2006年のナショナルダンス賞をはじめとして数々の賞を受賞しています。今年のM1コンタクト・コンテンポラリー・ダンス・フェスティバル(シンガポール)に招待されたチェイ・フラド Chey Juradoも重要なアーティストです。

──あなたは10年以上、アジアのダンスを継続して見ていますが、何か変化を感じますか。
 大きな変化は感じませんが、徐々には変わってきているのではないでしょうか。ただ振付について深く学んだ人があまりいない印象があります。アジアには素晴らしいダンサーがたくさんいますが、バリバリと踊りたがるダンサーが多いかもしれません。今はヨーロッパの有名なカンパニーほど、そういうダンサーを必要としていません。
 私にとって“質の高いダンス作品”とは、明確なコンセプトがあり、アーティストが新しい価値観を提示したパフォーマンスによって私の中の何かが突き動かされるものです。一方、「なぜこの振付家はこんなことをしているんだろう」と疑問に思う作品もよくあります。

──最近注目している国はどこですか。
 アメリカ、中南米、ロシアなどです。チェコもイヴォーナ・クロイツマノーヴァ Yvona Kreuzmannovàが始めたコンテンポラリーダンス・フェスティバル「タネツ・プラハ Tanec Praha」など活発で、今年も複数の作品を招待しました。またヨーロピアン・ダンス・ネットワーク(EDN)とのコラボレーションも考えていて、ディレクターら関係者を審査員に招いたことがあります。

──これからのマスダンザの展望は?
 マスダンザはコンテンポラリーダンスの重要な発表の場、人をつなぐプラットフォームとして続いていくでしょう。それが私にとって一番重要な使命だからです。カナリア諸島について、もちろんビーチやカーニバルについても、多くの人に知ってもらいたいと思いますが、私は何よりダンスのために働きたいと念じています。人からは「ナタリアはフェスティバルのことをやっているときが一番幸せそうね」とよく言われます。ダンスへの愛なくして、この仕事を続けることはできません。
 
TOP